かと紙幣を握っていてくれるであろう。お通は全神経を路上に集中して、ちょっとした木片、一個の石塊にも眼をそそぐことを忘れず、ずっと自分の歩いた辺を戻って見た。が、部落への曲り角まで、そこにはついに落ちていなかったのである。おそらくここまで来るうちに――家を出て五六軒の農家のならぶ往還を通り、畑地へ出て、沼岸へ坂を下りる頃落したのかも知れぬ。彼女はそう考え直して、今度は村道を注意ぶかく探しながら坂を登り、部落へ入って、そしてとうとう自分の家の門口まで来てしまった。
「どこサ行って来たか」と行きあった村人に訊ねられても彼女は、「あ、どこサでもねえ」と気抜けしたもののように答えたのであった。――ひょっとすると、持って出たつもりでも、持たずに出てしまったのか……彼女は庭先へ入って家の中をうかがった。――誰もいないでくれればいいが……だが、喘息気味で仕事を休んでいた母親が、すぐに見つけて土間から声をかけて来た。
「何だか。……どうしたんだか。」あまりに蒼い娘の顔に老母はびっくりしたのである。「あいよ、どうしたんだよ。腹でもいたいのか。」
「ううん――」とお通はそれを否定した。「おれ、さっき、出ると
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