ない!
「不良! 碌でなし!」
彼女はいつも一喝するのである。
圭太は胸がすくようだった。
圭太はさぶちゃんが怖いばかりに、つとめて綾子から遠ざかろうとしていた。
が、綾子は反対に、何かと言っては圭太にやさしい眼を向け、話しかけてさえくるのだ。そしてその度ごとに、彼はさぶちゃんから威嚇と、時には本当にステッキを食わされなければならなかった。
夏休みがやってきた。
圭太は永らく病床にあった父を亡くした。
そしてそれは彼にとって、さぶちゃんとも、綾子とも、ふっつりと交渉の断絶を意味していた。
圭太は母を扶けて貧しい父なきあとを働かなければならなかった。
秋の取り入れがすみ、そしてまた春の日がやって来た。橋の欄干を渡らせられ、綾子の柔かい手を感じた頃がめぐって来ていた。圭太は毎日真っ黒になって野良だった。
綾子は町の女学校へ通っているという。そしてさぶちゃんは、中学の試験を受けても駄目だったので、東京へ行った。何とかいう学校へ入ったとか――
圭太は時々綾子の姿を見た。やはりあの橋の上だ――しかし朽ちかけた橋は架けかえられて新しいコンクリートの堂々たるものになった。――
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