た。
「おや、まだ起きていたのかい」裏戸をがらりと引あけて、まるで寒風に追いまくられるように土間へ入って来た女房の顔は、しかし嬉しそうにかがやいていた。
「まさか隣の家なんか違ったもんだ。内祝だなんていっても、折詰ひいたり、正宗一本つけたり……俺ら三十銭じゃ気がひけちまって、早々に帰って来た。」
言いながら彼女は炉辺へ寄って、新聞紙に包んだものを夫の前へ拡げて見せた。
「これ、よっぽどしたっぺよ、かながしらにきんとん、かまぼこ、切ずるめ、羊羹、ひと通り揃ってるもんな。それに二合瓶……やっぱり地所持は違ったもんだ。俺らもはア、孫のおびとき[#「おびとき」に傍点]の時や、いくらなんでもこれ位のことはしてえもんだ。」
「寒かっぺから、これ飲んだらどうだや」と彼女は二合瓶を傍の土瓶へあけて火の上にかけ、
「戦地からお艶らお父の写真来てたっけよ。一枚はこう毛のもじゃもじゃした頭巾みてえなもの冠って、剣付鉄砲かかえて警備についていっとこだっけが、一枚は上等兵の肩章つけた平常の服のだっけよ。眼がばかにキツかっけが、まさか戦地だものな……でも、おっかねえほど豊さんに似てたっけ……」
「そりゃ豊さんの写真だもの……」と作造は酒の温るのを待ちきれず茶碗へ一ぱい注いでぐっと飲み干しながら笑った。
「それからお艶ら写真もお父へ送ってやったなんて、一枚残っていたっけ。人絹ものだが、でも立派なお祝の支度をして、ちゃんと帯を立矢にしめて、そりゃ可愛かったわ。豊さんもあれ見たらうれしかっぺで……女の子って可愛もんだな、ほんとに俺も一人ほしかっけ……野郎らばかりで、ぞろぞろ飯ばかりかっ食らいやがって……」
「出来ねえ限りもあんめえで……まアだ。」
「あら、この親爺め、はア、酔っ払って……駄目だよ、折詰へ手つけては……あしたの朝、餓鬼奴らに見せて喜ばせんだから……こんな旨いものめったに見られねえんだから……一口ずつでもいいから食わなけりゃ、餓鬼奴らも可哀そうだわ。お父は酒せえありゃ何も要るめえ。」
お島は折詰を再び新聞紙へ包んで戸棚の中へしまいこんでしまった。そして、
「ああ、寒む……どら、俺げも一杯くんな。自分でばかりいい気になって飲んでいねえで。」
「ああ、五十日ぶりの酒だ。腹の虫奴ん畜生がびっくりしてぐうぐう哮えてしようねえ。」
「俺の腹も一人前の顔してぐうなんて、鳴ったよ。ああ、じりじりと
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