垣隣り
宮城道雄
普通の目の見える人が、自分の家のあたりの景色に親しみを持って見るのと同様に、私には自分の住んでいる近所の音が、私の生活の中に入っているわけである。これは自分の住んでいる周囲の音が懐しいのである。
気候が暖かになると、戸障子を明けるので、近所の音が非常に近くなる。私の住んでいる家の直ぐ裏で、垣一重へだてた向うの家で、いつも年とった御主人の懐しい声が聞こえる。
その方の耳が少し遠いらしく、家人の方が大きな声で話される。私が引越して来て以来、いつもその声を聞くので、私はいつか一度お話ししてみたいと思っていた。
或る日、私の所へ一通の手紙が来た。差出人の名は私の知らぬ人であったけれども、読んで貰うと、一度是非お会いしたいから――とあった。それは、裏の御主人からであったことがわかった。それで早速私の方からも、是非お会いしたいという返事を出したら、或る時、その御主人が訪ねて来られた。
今までは聞き覚えの声だけであったが、話してみたら、やはりその声であった。そして、お互に会ってみたいと思っていたのだと言った。その方は陸軍の将官でかなりのお年寄であった。色々話しの末に言わ
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