れるには、自分は昔の貴い方の歌を持っている。それが埋れかけているが、何とかその歌を作曲して、世に出して貰いたいと言われた。実は私たちは、お互に垣一重の裏隣りにいて、七年間声だけを聞いていたのが、今日初めて話し合って、懐しく感じたのである。
その後、私は、その方の避寒していられる先に、私の随筆集『騒音』を一部贈ったところ、或る時、私のところへ来られて言われるには、私は『騒音』を戴いてすっかり読んだが、あなたは私とは全然反対であることを覚った。それは毎年同じ小鳥がやって来て、同じ音色で鳴くと書いてあった。私の庭へも小鳥が飛んで来たが、私は耳が遠いので、鳴かん鳥かと思っていたら、読んでやっぱり鳴く鳥も来るのかなあと思った、などと言われた。
それで、私も答礼に行こうと言ったら、その方は「いや、私のところは石段が沢山あるし、私は目が見えるから、上り下りのことはよくわかるが、目の悪い方に来られて、怪我でもされては困るから、来て戴かなくても宜しい」と言われた。七十にもなるお年寄であるが、非常に元気な方だと私は思った。そして、その方は国文学の研究をしておられるので、色々の話しを聞いているうちに、私
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