た感興を覚えるか知れない。私たちがどんなに努力しても、あの一つにも勝れたものは出来ないであろう。

    音に生きる

 私は子供の時には非常に負嫌いで、喧嘩しても議論しても負けるのが何より厭だった。それがこうして音の世界に生きるようになってからは、不思議に気持が落著いて来て、負嫌いどころか負けることが好きなくらいになった。大概のことは人に勝たしてあげたいと思うのである。
 時にはそれを卑怯のようにも思うけれども、決して人と争わぬ。人の意見に反対しない。若い頃には直ぐ怒ったものであるが、この頃はどうしたものか、腹が立たなくなった。時に、弟子に対して怒ったふりをすることはあるが、心から怒るということはない。
 芸に就いても、かつては他流の人とでも弾く時には、何か一種の競争意識というか、戦闘気分といったようなものに支配されたものであるが、今日はそうでない。誰とやっても静かな気持である。先ず人を立ててその中に自分自らも生きようと希う気持だけである。
 私が一番苦々しく思うことは、相手の人によって言動に階級をつけることである。人間はどうしてああいうことをせねば気がすまぬのか。それは偉い人には
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