た、最も愉快であったのは、夕陽が西に廻るに従って、利尻山の影が東の海上にありありと映って、富士山でよく人の見るという、影富士と同様のものを、この北海の波上に見ることが出来たのである、なおそれよりも愉快であったのは、午後四時頃であったと思う、この利尻山の絶頂に於て、いわゆる御来光《ごらいごう》を見ることが出来た、即ち自分の姿が判然と自分の前を顕われるのを見ることが出来たのである。
 絶頂よりなお前面を見れば第二の峰が聳《そび》えているのであるが、時間がなくなったのでこの日は第二の峰に行かずして、前夜の露営地まで戻ることになった、今日は随分採集をしたのであるからして、その始末をするに、多くの時間を費して、終に徹夜をするような有様になった、しかしながら、前夜に比すれば、防寒具なども人足らが携え来ったのであるから、大いに寒気を凌《しの》ぐことが出来た。
 十二日の日も幸いにして晴天であった、午前三時頃露営の小屋を出でて仰ぎ見れば孤月高く天半に懸って、利尻山の絶頂は突兀《とっこつ》として月下に聳えている、この間の風物は何んとも言いようのない有様である、三時頃からして東の方が漸く明るくなって、四時
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