上から鴛泊の町まで格別の遠サでもないと思ったから、加藤子爵と共に下山した人足が、直ぐに食物と防寒具を持って登ったならば、遅くも九時か十時頃までには来てくれるだろうと思っておった、ところが、十時が十一時になっても誰も登って来るものがない、食物さえも殆ど用意がないので、加藤子爵その他の人の残したのを僅に食した位で、ますます寒気を感ずることが強いので、止を得ずただ無暗と樹の枝を焚いて身体を暖めることになった、後に鴛泊に降って聞けば、我々の焚火が町からもよく見えたので、知らぬ人は不思議に思っていたとのことであった。
 充分に眠ることも出来なかったが、先ず無事十一日の朝となった所が、夜が明けても人足は一向に登って来ない、そこで差当り困るのは最早食物は少しもないのである、詮方なく遠くにも行かれず、ただこの附近の植物の採集を始めた、この朝採ったものは、ジンヨウスイバ、キクバクワガタ、イワレンゲソウ、リシリトリカブト、ゴヨウイチゴ、イワオトギリ、シシウドなどが重なるものであった、とかくする内に午前十時頃となって、漸く町に下った人足らが登って来て、朝の食事をすることが出来た、人足らは宿に着いて直に踏出し
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