、あるいはズット先に駈抜けているものもあるし、中々相談をして下山のことを何《いず》れにか決定するということが出来ないのである、段々たるみのところを進んで行く内に、風は次第に強くなるし、時刻も段々移って来たので、何とか話を極《き》めねばなるまいと思っている時、子爵は率先してよほど登られたようであったが、この時とうとう引返して来られたし、木下氏も丁度あまり遠からぬ所におられたので、一同相談を始めた、その相談の結果は、子爵だけは老体のことでもあるし、勿論露営の準備等もないのである上に第一食物の用意がないので、終に人足の大部分を率いて下山せらるることになった、山に残るものは、人足が二人それに木下君と自分と都合四人である、ところがこの四人も勿論食事の用意は更にないのであるからして、下山した人足の内で、直に食物と露営の防寒具等を携えて、再び登り来るように命じて殆んど日没に間近きころ、余らは加藤子爵の一行と袂《たもと》を分つことになった。
前にも言った通り山上に一泊の予定でなかったから、何らの用意もないので、どうして一夜を明したら宜しいかと一同殆ど当惑したが、第一に水を得なければ困るのであるから、その辺を捜して見たところが、左の方に草を分けて一町ほど下れば、其所《そこ》に水もある、また水の辺に小さな小屋があったらしい跡がある、これが今から考えて見ると、川上君などがこの山に籠った処であろうと思う、それから先ず木下君と余は共に夏服であるからして、たださえ夜になれば冷気を感ずる位であるから、この高山の上ではますます寒気が強く堪えられないのは勿論である、従って充分に火を焚《た》いて暖を取ることが肝要であるから、人足に命じてかなり多くの燃料を集めさせた、またその次には小屋という小屋は無論ないから、何とかして自分ら二人の身体を入れるだけのものを拵《こしら》えたいと思ったが、それも思うようには出来ないので、止《やむ》を得ないから、この辺の雑木はつまり、エゾノタケカンバとミヤマハンノキと中に少しずつ、ハイマツも混じっているが、高サが三、四尺位しかないのであるから、それを二人の身体が半分位ずつ入れられるほど結び合せて、その下に木下君と共に腰から上だけを入れるように拵え上げたのである。
この晩は幸にして晴天で、雨の心配はなかったが、風は中々強いので、寒気は膚を徹するというほどであった、実はこの山上から鴛泊の町まで格別の遠サでもないと思ったから、加藤子爵と共に下山した人足が、直ぐに食物と防寒具を持って登ったならば、遅くも九時か十時頃までには来てくれるだろうと思っておった、ところが、十時が十一時になっても誰も登って来るものがない、食物さえも殆ど用意がないので、加藤子爵その他の人の残したのを僅に食した位で、ますます寒気を感ずることが強いので、止を得ずただ無暗と樹の枝を焚いて身体を暖めることになった、後に鴛泊に降って聞けば、我々の焚火が町からもよく見えたので、知らぬ人は不思議に思っていたとのことであった。
充分に眠ることも出来なかったが、先ず無事十一日の朝となった所が、夜が明けても人足は一向に登って来ない、そこで差当り困るのは最早食物は少しもないのである、詮方なく遠くにも行かれず、ただこの附近の植物の採集を始めた、この朝採ったものは、ジンヨウスイバ、キクバクワガタ、イワレンゲソウ、リシリトリカブト、ゴヨウイチゴ、イワオトギリ、シシウドなどが重なるものであった、とかくする内に午前十時頃となって、漸く町に下った人足らが登って来て、朝の食事をすることが出来た、人足らは宿に着いて直に踏出したそうであるが、何分にも深夜になって登ることが出来ないので、遂に途中に一泊したとのことであった、加藤子爵も昨夜下山の途に就かれたが、途中ネマガリダケやらミヤコザサやら道に横わっていて、ますます足場が悪くなり、非常に疲労せられたので、鴛泊に帰着されたのは、十二時過る頃であったとのことである、それを考えて見ると、山上に露営した方が、あるいは楽であったかも知れない、十一日の日には木下君は、充分の採集をしたからといって、終に人足と共に下山せられるとの事であるが、余は何分にもまだこの山を捨てて去ることが出来ないので、終に一人踏止まって、なお一夜を明かすことに決心した。
峰に向って進んで行けば、砂礫の地に達するのであるが、この辺には樹は殆んどないといっても宜しい、もっとも夥《おびただ》しく生えているのが、チシマヒナゲシである、その株のもっとも大なのは直径が五寸ほどもあるかと思う、しかしこの辺には、他の草はあまり多くない方であって、チシマヒナゲシもまたこの土地を除いて外の部分には、殆んど見当らなかったのである、ヤマハナソウ、シコタンソウ、シコタンハコベ、エゾコザクラ、リシリリンドウ、チシマリンドウ
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