行ってから、右の方に折れたように思う、一体は宿を出でて間もなく、右に曲りて登るのが利尻山への本道であるらしいが、余らの一行は、途中で、ミズゴケを採る必要があるので、ミズゴケの沢山にあるという池の方へ廻ることになったために、こんな道筋を進んだのである、町はずれから右に折れて、幾町か爪先上りに進んで行けば、高原に出るが、草が深くて道は小さいので、やっと捜して行く位である、次第に進むに従って雑木やら、ネマガリダケ、ミヤコザサなどが段々生い繁って、人の丈よりも高い位であるからして、道は殆んど見ることが出来ないようなというよりも、道は全くないと言った方が宜いのである、そんなところを数町の間押分けながら進んで、漸く池のある所に出たが、無論この池の名はないのである、ミズゴケが沢山この辺にあるので、一同は充分に先ずこれを採集した、池の辺は、トドマツと、エゾマツが一番多くこの辺はすべて喬木林をなしている、その林中にある植物は、重《おも》なるものを数えて見ると、ミヤマシケシダ、シロバナニガナ、ツボスミレ、ホザキナナカマド、メシダ、オオメシダ、ジュウモンジシダ、ミヤママタタビ、サルナシ、バッコヤナギ、オオバノヨツバムグラ、テンナンショウ、ヒトリシズカ、ミツバベンケイソウ、ヒメジャゴケ、ウド、ザゼンソウ、ナンバンハコベ、ミヤマタニタデ、イワガネゼンマイなどである、この池から先きは、多少の斜面となっているので、その斜面を伝うて登れば先ず笹原である、笹原の次が雑木である、雑木の次がエゾマツとトドマツの密生している森林で、道は全く形もないのに傾斜はますます急である、一行はこの森林の中を非常な困難をして登ったのであるが、間もなく斜面が漸く緩になると同時に、森林が変じて笹原となって、終には谷に出ることが出来た。
 この谷には水もあるので、十二時に間もないから先ずこの辺で食事をしようということになったが、何分にも未だ利尻山の頂上も見ることが出来ないという有様であるから、一行も殆んど何の愉快を感ずることが出来なかったのである、加藤子爵が今では大事の盆栽としておられる、エゾマツの数本寄せ植の小さな鉢物は、この食事をした場所で岩の上に実生《みしょう》のかたまりがあったのを、木下君がいたずら半分に採られたのであったと思う、その当時はあんなに美事《みごと》の盆栽になろうとは思わなかったが、人の丹精というものは誠に怖しいものであると思う程の盆栽となったのである。
 食事をした場所から先きは、水のある谷を伝うて遡《さかのぼ》って行くのであって、別段道という道は更にない、谷の両岸はいずれも雑木やら笹原やらで、谷の中にある石は重に丸味勝の石であったように覚えている、進むに従って谷は漸く窮まって、水も次第に少なくなる、その辺からして谷を捨てて、右の方へ横に這入《はい》ったが、傾斜がますます急で殊に笹が密生して登るのには非常に困難を感じた、この辺でザゼンソウを採集したと思う、笹原の急な傾斜も終には尽きて、低いエゾノタケカンバあるいはその他の樹の、ハイマツに混じて生えているところに出たが、いずれも高くないだけに、ある時には跨《また》ぐことも出来るが、またある時には腰を屈めて潜らなければならぬという有様で、随分登る時には楽でない道筋であった、この辺一体のハイマツは、山火に焼けたのであるか、枝が枯れて白く曝《さら》されたようになって、それも山上に登ってから眺めるというと、殆んど雪でも積っているかと思うほどに白く見えるところが、随分と広いのである、困難に困難を重ねて、一行は殆んど弱り切ってしまった頃に、漸く道路らしいものに出ることが出来たが、これが鴛泊の町から、利尻山に登る本道であるとのことである、道路といってももとより山道であるからして、至って小さい上にまた勾配も急である。
 この辺には、イワツツジが沢山に生えていた、勿論花は既に稀であったが、このイワツツジの果実は赤い色のもので、食うことも出来るしまた芳わしい香があるのである、それから花はないが、この辺には既にキバナノシャクナゲも沢山自生していた、その外にはエゾフスマなどが生じておったと思う、この辺から先きは殆んど峰伝いに頂上に向って進むという有様である、此処《ここ》が恐らく薬師山と称せられる峰であるだろうと思う、もしそうであるとすれば、標高四千尺位の所に一同は既に達しているのである、それから数町の間は峰伝いとは言いながら、たるみがあるので、この辺から前面を望めば頂上も格別遠くなく仰ぐことが出来るけれども、この日はミズゴケ採集のため迂廻《うかい》して少なからぬ時間を費したので、頂上まで登って充分の採集をして、鴛泊まで帰着するということは、よほど困難に思われて来たけれども、この辺からして思い思いに採集しつつ進むので、あるいは遅れた者もあるし
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