風に飜へる梧桐の実
牧野富太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)俯伏《うつぶせ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|凹《くぼ》い

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「くさかんむり/骨」、53−10]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ヒラ/\/\
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 秋風起つて白雲飛ぶと云ふ時節ともなると、アヲギリ(幹、枝が緑色ながら云ふ)即ち梧桐の種子を着けた其舟状の殻片が、其母枝を離れ翩々として風に乗じ遠近の地に墜ちる、是れは何も珍らしい事ではないが、其れが眼前に落ち散らばつてゐる処を見ると、其殻片が頗る大きな丈けに何となく今更ながら其認識を新たにすることを禁じ得ない
 私の庭に一本のアヲギリがあつてアヲニョロリの名の如くニョロリと緑の直幹を立て、車輻の様に枝椏を張り傘蓋の如く大形の緑葉を着け、亭々として空高く聳立してゐて其れに房々と多くの実を群着し垂れ下がつてゐる
 九月の央ば過ぎにもなると、其開いた※[#「くさかんむり/骨」、53−10]※[#「くさかんむり/突」の「大」に代えて「犬」、53−10](Folicle)の殻片がちぎれ落ちて地面に散乱してゐる、殻片の両縁には皺のある(始めは平滑なれど)豌豆大の大粒種子が一二顆づゝ着いてゐるが、其れが後ちに殻片から離れて地に委し、来春其処に闊大な子葉を展げた仔苗を萌出させる、故に私の庭には其処此処に多くのアヲギリ苗が生えてゐる、若し之れを其のまゝに放棄して置くとすると年毎に其仔苗が殖えて生長し、遂には私の庭はアヲギリ林に成つて仕舞ふのであらう
 アヲギリの殻片は各五枚づゝ集まつてゐるが其れが車の様に開いて居り、そして其舟の様な剛質の各殻片は其|凹《くぼ》い内面を下にして枝端の果穂に附着してゐる、故に仮令雨が降つても其殻片へは水の溜る憂ひはない、間も無く之れが吹き来る風の為めに其基部の柄がちぎれると同時に其凹い内面へ充分に其風を孕んでヒラ/\/\と或は近く或は遠くへ運ばれる、其れが地面へ落ちると其種子の重みに由て其殻片が多くは背面を上にして下を向き俯伏《うつぶせ》になつてゐるのは其処に大に意義の存する点が観られる、即ち此姿勢
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