ん》で、その根を薬用に供《きょう》する。春に根頭《こんとう》から勢《いきお》いのよい赤い芽を出し、見てまことに気持がよい。充分《じゅうぶん》成長すると、高さはおよそ九〇センチメートル内外に達し、その直立せる茎《くき》は通常まばらに分枝《ぶんし》する。葉は茎《くき》に互生《ごせい》し、再三出式に分裂している。各|枝端《したん》に一花ずつ開き、直径はおよそ一二センチメートル内外もあろう。花下《かか》に五|片《へん》の緑萼《りょくがく》があるが、蕾《つぼみ》の時には円《まる》く閉じている。花弁《かべん》は平開し、およそ十|片《ぺん》内外もあるが、しかし花容《かよう》、花色|種々多様《しゅじゅたよう》で、何十種もの園芸的変わり品がある。花心《かしん》に黄色の多雄蕊《たゆうずい》と、三ないし五の子房《しぼう》がある。
 芍薬《しゃくやく》の姉妹品《しまいひん》で、わが邦《くに》の山地に見る白花品《はっかひん》は、ヤマシャクヤクで、その淡紅花品《たんこうかひん》はベニバナヤマシャクヤクである。花は芍薬に比べるとすこぶる貧弱だが、その果実はみごとなもので、熟《じゅく》して裂《さ》けると、その内面が真赤色《しんせきしょく》を呈《てい》しており、きわめて美しい特徴《とくちょう》を現《あらわ》している。

[#「シャクヤクの図」のキャプション付きの図(fig46821_02.png)入る]

     スイセン

 スイセンは水仙を音読《おんどく》した、そのスイセンが今日本の普通名となっているが、昔はわが邦《くに》でこれを雪中花《せっちゅうか》と呼んだこともあった。元来《がんらい》、水仙《すいせん》は昔中国から日本へ渡ったものだが、しかし水仙の本国はけっして中国ではなく、大昔遠く南欧《なんおう》の地中海地方の原産地からついに中国に来《きた》り、そして中国から日本へ来たものだ。中国ではこの草が海辺を好んでよく育つというので、それで水仙と名づけたのである。仙は仙人《せんにん》の仙で、この草を俗を脱している仙人《せんにん》に擬《なぞら》えたものでもあろうか。
 水仙はヒガンバナ科に属して、その学名を Narcissus Tazetta L[#「L」は斜体]. というのだが、この種名の Tazetta はイタリア名の小皿《こざら》の意で、すなわちその花中《かちゅう》の黄色花冕《おうしょくかべん》を小皿に見立てたものである。そして属名の Narcissus は麻痺《まひ》の意で、それはその草に含まれているナルキッシネという毒成分に基《もと》づいたものであろう。
 水仙《すいせん》の花は早春に咲く。すなわち地中の球根《きゅうこん》(球根は俗言《ぞくげん》で正しくいえば襲重鱗茎《しゅうちょうりんけい》)から、葉と共《とも》に花茎《かけい》(植物学上の語でいえば※[#「くさかんむり/亭」、第4水準2-86-48]《てい》)を抽《ひ》いて直立し、茎頂《けいちょう》に数花を着《つ》けて横に向かっている。花には小梗《しょうこう》があり、もとの方にはこれを擁《よう》して膜質《まくしつ》の苞《ほう》がある。そして小梗《しょうこう》の頂《いただき》に、緑色の子房《しぼう》(植物学では下位子房《かいしぼう》といわれる。下位子房《かいしぼう》のある花はすこぶる多く、キュウリ、カボチャなどの瓜《うり》類、キキョウの花、ナシの花、ラン類の花、アヤメ、カキツバタなどの花の子房はみな下位でいずれも花の下、すなわち花の外に位《くらい》している)があり、子房の上は花筒《かとう》となり、この花筒の末端《まったん》に白色の六|花蓋片《かがいへん》が平開《へいかい》し、花としての姿を見せよい香《か》を放っている。そしてこの六花蓋の外列《がいれつ》三片が萼《がく》に当たり、内列《ないれつ》三片が花弁《かべん》である。
 このように、花弁と萼《がく》との外観が見分《みわ》け難《がた》いものを、植物学では便利のため花蓋《かがい》と呼んでいる。この開展《かいてん》せる瑩白色花蓋《えいはくしょくかがい》六|片《へん》の中央に、鮮黄色《せんおうしょく》を呈せる皿状花冕《さらじょうかべん》を据《す》え、花より放つ佳香《かこう》と相《あい》まって、その花の品位《ひんい》きわめて高尚《こうしょう》であることに、われらは讃辞《さんじ》を吝《お》しまない。そしてこの水仙《すいせん》の花を、中国人は金盞銀台《きんさんぎんだい》と呼んでいる。すなわち銀白色の花の中に、黄金《おうごん》の盞《さかずき》が載《の》っているとの形容である。
 水仙花《すいせんか》の花筒《かとう》の内部には、黄色の六|雄蕊《ゆうずい》があり、花筒の底からは一本の花柱《かちゅう》が立って、その柱頭《ちゅうとう》は三|岐《き》しており、したがって子房《しぼう》が三室になっていることを暗示している。そして花下《かか》の子房の中には、卵子《らんし》が入っている。それにもかかわらず、この水仙には絶《た》えて実を結ばないこと、かのヒガンバナ、あるいはシャガと同様である。けれども球根《きゅうこん》で繁殖《はんしょく》するから、実を結んでくれなくっても、いっこうになんらの不自由はない。そうしてみると、水仙の花はむだに咲いているから、もったいないことである。ちょうど、子を生まない女の人と同じだ。
 水仙は花に伴《ともの》うて、通常は四枚、きわめて肥《こ》えたものは八枚の葉が出る。草質《そうしつ》が厚く白緑色《はくりょくしょく》を呈《てい》しているが、毒分があるから、ニラなどのように食用にはならない。地中の球根を搗《つ》きつぶせば強力な糊《のり》となり、女の乳癌《にゅうがん》の腫《は》れたのにつければ効《き》くといわれる。
 元来《がんらい》、水仙は海辺《かいへん》地方の植物であって、山地に生《は》える草ではない。房州《ぼうしゅう》〔千葉県の南部〕、相州《そうしゅう》〔神奈川県の一部〕、その他|諸州《しょしゅう》の海辺地には、それが天然生《てんねんせい》のようになって生《は》えている。これはもと人家《じんか》に栽培《さいばい》してあったものが、いつのまにかその球根が脱出して、ついに野生《やせい》になったもので、もとより日本の原産ではない。このように野生になっている所では、玉玲瓏《ぎょくれいろう》と中国で称する八重咲《やえざ》きの花が見られる。また青花と呼ばれる下品な花も現《あらわ》れる。
 支那水仙といって、能《よ》く(このような場合のヨクは能の字を書くのが本当で、近ごろのように一点張《いってんば》りに良の字を書くのは誤《あやま》りである。これは can と good とを混同視《こんどうし》したものだ。チョット老婆心《ろうばしん》までに。)水盆《すいぼん》に載《の》せて花を咲かせているものがあるが、これは人工で球根を割《さ》き、多数の花茎《かけい》を出《いだ》させたものだ。けっして別種の水仙ではない。こんな球根への細工《さいく》は、その方法をもってすれば日本ででもできる。

[#「スイセンの図」のキャプション付きの図(fig46821_03.png)入る]

     キキョウ

 キキョウは漢名《かんめい》、すなわち中国名である桔梗の音読《おんどく》で、これが今日《こんにち》わが邦《くに》での通名《つうめい》となっている。昔はこれをアリノヒフキと称《とな》えたが、この名ははやくに廃《すた》れて今はいわない。また古くは桔梗《ききょう》をオカトトキといったが、これもはやく廃語《はいご》となった。このオカトトキのオカは岡で、その生《は》えている場所を示し、トトキは朝鮮語でその草を示している。このトトキの語が、今日《こんにち》なお日本の農民間に残って、ツリガネソウ一名ツリガネニンジン、すなわちいわゆる沙参《しゃじん》をそういっている。
 右のオカトトキを昔はアサガオと呼んだとみえて、それが僧|昌住《しょうじゅう》の著《あらわ》したわが邦《くに》最古の辞書である『新撰字鏡《しんせんじきょう》』に載《の》っている。ゆえにこれを根拠《こんきょ》として、山上憶良《やまのうえのおくら》の詠《よ》んだ万葉歌の秋の七種《ななくさ》の中のアサガオは、桔梗《ききょう》だといわれている。今|人家《じんか》に栽培《さいばい》している蔓草《つるくさ》のアサガオは、ずっと後に牽牛子《けんぎゅうし》として中国から来たもので、秋の七種《ななくさ》中のアサガオではけっしてないことを知っていなければならない。
 キキョウはキキョウ科中|著名《ちょめい》な一草で、Platycodon grandiflorum A[#「A」は斜体]. DC[#「DC」は斜体]. の学名を有する。この属名の Platycodon はギリシア語の広い鐘《かね》の意で、それはその広く口を開《あ》けた形の花冠《かかん》に基《もと》づいて名づけたものである。そして種名の grandiflorum は、大きな花の意である。
 キキョウは山野《さんや》の向陽地《こうようち》に生じている宿根草《しゅっこんそう》であるが、その花がみごとであるから、観賞花草として能《よ》く人家《じんか》に栽《う》えられてある。茎《くき》は直立して、九〇ないし一五〇センチメートルばかりに達し、傷《きず》つけると葉と共《とも》に白乳液《はくにゅうえき》が出る。葉は緑色で裏面帯白《りめんたいはく》、葉形《ようけい》は広卵形《こうらんけい》ないし痩卵形《そうらんけい》で尖《とが》り、葉縁《ようえん》に細鋸歯《さいきょし》がある。ほとんど無柄《むへい》で茎《くき》に互生《ごせい》し、あるいは擬対生《ぎたいせい》し、あるいは擬輪生《ぎりんせい》する。
 秋に茎《くき》の上部|分枝《ぶんし》し、小枝端《しょうしたん》に五|裂《れつ》せる鐘形花《しょうけいか》を一|輪《りん》ずつ着《つ》け、大きな鮮紫色《せんししょく》の美花《びか》が咲くが、栽培品には二重咲《ふたえざ》き花、白花、淡黄花《たんおうか》、絞《しぼ》り花、大形花、小形花、奇形花がある。そしてその蕾《つぼみ》のまさに綻《ほころ》びんとする刹那《せつな》のものは、円《まる》く膨《ふく》らみ、今にもポンと音して裂《さ》けなんとする姿を呈《てい》している。
 花中に五|雄蕊《ゆうずい》と五|柱頭《ちゅうとう》ある一|花柱《かちゅう》とがあるが、この雄蕊《ゆうずい》は先に熟《じゅく》して花粉《かふん》を散らし、雌蕊《しずい》に属する五柱頭は後に熟《じゅく》して開くから、自分の花の花粉を受けることができず、そこで昆虫の助けを借りて、他の花の花粉を運んでもらうのである。つまり桔梗花《ききょうか》は、自家結婚ができないように、天から命ぜられているわけだ。植物界のいろいろな花には、こんなのがザラにある。花を研究してみると、なかなか興味のあるもので、ナデシコなどもその例に漏《も》れなく、もしも今昆虫が地球上におらなくなったら、植物で絶滅するものが続々とできる。
 花の時の子房《しぼう》は緑色で、その上縁《じょうえん》に狭小《きょうしょう》な五|萼片《がくへん》がある。花後《かご》、この子房《しぼう》は成熟して果実となり、その上方の小孔《しょうこう》より黒色の種子が出る。
 地中に直下する根は多肉《たにく》で、桔梗根《ききょうこん》と称し※[#「ころもへん+去」、第3水準1-91-73]痰剤《きょたんざい》となるので、したがってこの桔梗《ききょう》がたいせつな薬用植物の一つとなっている。春に芽出《めだ》つ新葉《しんよう》の苗《なえ》は、食用として美味《びみ》である。

[#「キキョウの図」のキャプション付きの図(fig46821_04.png)入る]

     リンドウ

 リンドウというのは漢名《かんめい》、龍胆の唐音《とうおん》の音転《おんてん》であって、今これが日本で、この草の通称となっている。中国の書物によれば、その葉は龍葵《りゅうき》のようで味が胆《きも》のように苦《にが》いから、それで龍胆《りんどう》
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