の堅《かた》い種子をばもはや不用として巣の外へ出し捨てるのである。この出された種子は、その巣の辺で発芽《はつが》するか、あるいは雨水《あまみず》に流され、あるいは風に飛んで、その落ちつく先で発芽する。かくてそのスミレがそこここに繁殖《はんしょく》することになる。このように、この肉阜《にくふ》が着《つ》いている種子はクサノオウ、キケマン、タケニグサなどのものもみなそうで、いずれもみな蟻《あり》へのごちそうを持っているわけだ。かく植物界のことに気をつけると、なかなかおもしろい事柄《ことがら》が見いだされるのである。
春いちはやく紫の花が咲くスミレにツボスミレ(今日《こんにち》の植物界ではこれをタチツボスミレといっていれど、これは畢竟《ひっきょう》不用な名でツボスミレが昔からの本名である)というものがある。このツボスミレもはやく歌人の目にとまり、万葉の歌に
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山ぶきの咲きたる野辺《のべ》のつぼすみれ
この春の雨にさかりなりけり
茅花《つばな》抜く浅茅《あさぢ》が原のつぼすみれ
いまさかりなり吾《あ》が恋《おも》ふらくは
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がある。
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