った》えて、これを草木で養《やしな》いたい、というのが私の宗教心でありまた私の理想である。私は諸処の講演に臨《のぞ》む時は機会あるごとに、いつもこの主意で学生等に訓話《くんわ》している」
 また私は世人が植物に趣味を持てば次の三|徳《とく》があることを主張する。すなわち、
 第一に、人間の本性が良くなる。野に山にわれらの周囲に咲き誇《ほこ》る草花《くさばな》を見れば、何人《なんびと》もあの優《やさ》しい自然の美に打たれて、和《なご》やかな心にならぬものはあるまい。氷が春風に融《と》けるごとくに、怒《いか》りもさっそくに解《と》けるであろう。またあわせて心が詩的にもなり美的にもなる。
 第二に、健康《けんこう》になる。植物に趣味を持って山野《さんや》に草や木をさがし求むれば、自然に戸外《こがい》の運動が足《た》るようになる。あわせて日光浴《にっこうよく》ができ、紫外線《しがいせん》に触《ふ》れ、したがって知《し》らず識《し》らずの間に健康が増進せられる。
 第三に、人生に寂寞《じゃくまく》を感じない。もしも世界中の人間がわれに背《そむ》くとも、あえて悲観するには及ばぬ。わが周囲にある草木
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