味を惹《ひ》かないようだが、西洋人と中国人とはこれに反して非常に花香《かこう》を尊重《そんちょう》する。かの素馨《そけい》〔ジャスミン〕などは大いに中国人に好かれる花の一つで、市場で売っており、薔薇《ばら》の※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰《まいかい》(日本の学者はハマナシ、すなわち誤っていうハマナスを※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰《まいかい》としていれど、それはむろん誤りである)も同国人に貴《とうと》ばれ、その花に佳香《かこう》があるので茶に入れられる。ゆえに Tea rose の名がある。

[#「スミレの図」のキャプション付きの図(fig46821_09.png)入る]

     サクラソウ

 サクラソウはよく人の知っている花草《かそう》で、どんな人にでも愛せられる。またその名もよくつけたもので、まことにその花にふさわしい名称である。通常桜草と書いてあるが、これはもとより中国名すなわち漢名ではなく、単にサクラソウを漢字で書いたものたるにすぎなく、サクラソウには中国名はない。
 そしてその学名は Primula Sieboldi Morren[#「Morren」は斜体] forma spontanea Takeda[#「Takeda」は斜体]. であるが、この学名の中にある forma は品の義でその変わり品を示しており、spontanea は自生《じせい》の意、種名の Sieboldi はかの有名なシーボルトの人名であり、属名の Primula は最初の義で、畢竟《ひっきょう》花の早咲《はやざ》きを意味したものである。
 サクラソウは平野に生ずるが、また山の高原地にも見られる。しかしそう普遍的《ふへんてき》にどこにもあるものではない。東京付近では、かの田島《たじま》の原にたくさん咲くので、そこは天然記念物に指定せられている。また信州〔長野県〕軽井沢の原にもあり、また遠く九州|豊後《ぶんご》〔大分県〕の日田《ひた》地方にもあるといわれている。
 宿根草《しゅっこんそう》で、これを人家の庭に栽《う》えても能《よ》く育ち、毎年花が咲いてかわいらしい。葉は一|株《かぶ》から二、三枚ほど出《い》でて毛がある。長い葉柄《ようへい》を具《そな》え、葉面《ようめん》は楕円形《だえんけい》で重鋸歯《じゅうきょし》があり、葉質《ようしつ》は軟《やわ》らかくて皺《しわ》がある。四月ごろ花茎《かけい》が葉よりは高く立ち、茎頂《けいちょう》に繖形《さんけい》をなして小梗《しょうこう》ある数花が咲く。花下《かか》に五|裂《れつ》せる緑萼《りょくがく》があり、花冠《かかん》は高盆形《こうぼんけい》で下は花筒《かとう》となり、平開《へいかい》せる花面《かめん》は五|片《へん》に分かれ、各片の頂《いただき》は二|裂《れつ》していて、その状すこぶるサクラの花に彷彿《ほうふつ》している。花の直径はおよそ二センチメートルばかりで、花色は紅紫色《こうししょく》であるが、たまに白花のものに出逢《であ》う。花筒《かとう》内には五|雄蕊《ゆうずい》と一|雌蕊《しずい》とがあって、雌蕊のもとに一|子房《しぼう》がある。
 このサクラソウの園芸的培養品にはおよそ二、三百の変わり品があって、みなこれまでの熱心な園芸家により、苦心して作り出されたものである。これは世界中に類のないもので、大いにわが邦《くに》の誇《ほこ》りとするに足《た》る花である。
 ここに最も興味のあることは、このサクラソウ(同属の他の種も同様)の花には二様の差があって、それが株によって異なっている事実である。すなわち一方の花は五つの雄蕊《ゆうずい》が花筒《かとう》の入口直下についていて、その雌蕊《しずい》の花柱《かちゅう》は短い。また一方の花は雄蕊《ゆうずい》が花筒《かとう》の中途についていて、その花柱は長く花筒の口に達している。すなわち前者は高雄蕊短花柱《こうゆうずいたんかちゅう》の花であり、後者は低雄蕊長花柱《ていゆうずいちょうかちゅう》の花である。
 ゆえにこれらの花は自分の花粉を自分の柱頭《ちゅうとう》に伝うることができず、是非《ぜひ》ともそれを持ってきてくれる何者かに依頼《いらい》せねばならないように、自然がそう鉄則《てっそく》を設《もう》けている。まことに不自由な花のようだが、実はそれがそう不自由でないのはおもしろいことではないか。なんとなれば、そこには花粉の橋渡《はしわた》し役を勤《つと》めるものがあって、断《た》えずこの花を訪《おとず》れるからである。そしてその訪問者は蝶々《ちょうちょう》である。花の上を飛び回《まわ》っている蝶々は、ときどき花に止まって仲人《なこうど》となっているのである。
 今、蝶《ちょう》が来て高雄蕊低花柱《こうゆうずいていかちゅう》の花
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