らかくて皺《しわ》がある。四月ごろ花茎《かけい》が葉よりは高く立ち、茎頂《けいちょう》に繖形《さんけい》をなして小梗《しょうこう》ある数花が咲く。花下《かか》に五|裂《れつ》せる緑萼《りょくがく》があり、花冠《かかん》は高盆形《こうぼんけい》で下は花筒《かとう》となり、平開《へいかい》せる花面《かめん》は五|片《へん》に分かれ、各片の頂《いただき》は二|裂《れつ》していて、その状すこぶるサクラの花に彷彿《ほうふつ》している。花の直径はおよそ二センチメートルばかりで、花色は紅紫色《こうししょく》であるが、たまに白花のものに出逢《であ》う。花筒《かとう》内には五|雄蕊《ゆうずい》と一|雌蕊《しずい》とがあって、雌蕊のもとに一|子房《しぼう》がある。
 このサクラソウの園芸的培養品にはおよそ二、三百の変わり品があって、みなこれまでの熱心な園芸家により、苦心して作り出されたものである。これは世界中に類のないもので、大いにわが邦《くに》の誇《ほこ》りとするに足《た》る花である。
 ここに最も興味のあることは、このサクラソウ(同属の他の種も同様)の花には二様の差があって、それが株によって異なっている事実である。すなわち一方の花は五つの雄蕊《ゆうずい》が花筒《かとう》の入口直下についていて、その雌蕊《しずい》の花柱《かちゅう》は短い。また一方の花は雄蕊《ゆうずい》が花筒《かとう》の中途についていて、その花柱は長く花筒の口に達している。すなわち前者は高雄蕊短花柱《こうゆうずいたんかちゅう》の花であり、後者は低雄蕊長花柱《ていゆうずいちょうかちゅう》の花である。
 ゆえにこれらの花は自分の花粉を自分の柱頭《ちゅうとう》に伝うることができず、是非《ぜひ》ともそれを持ってきてくれる何者かに依頼《いらい》せねばならないように、自然がそう鉄則《てっそく》を設《もう》けている。まことに不自由な花のようだが、実はそれがそう不自由でないのはおもしろいことではないか。なんとなれば、そこには花粉の橋渡《はしわた》し役を勤《つと》めるものがあって、断《た》えずこの花を訪《おとず》れるからである。そしてその訪問者は蝶々《ちょうちょう》である。花の上を飛び回《まわ》っている蝶々は、ときどき花に止まって仲人《なこうど》となっているのである。
 今、蝶《ちょう》が来て高雄蕊低花柱《こうゆうずいていかちゅう》の花
前へ 次へ
全60ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング