一巻(1930)に美麗に著われた原色写真が出ている。
 安永五年(1776)に刊行せられた松平君山の『本草正譌《ほんぞうせいか》』には「万寿菊、単葉重葉アリ俗ニ単葉ノモノヲ天林花ト云ヒ重葉ノモノヲ満州菊ト云フ万寿菊ノ訛ナリ」と書いてある。

  サネカズラ

『後撰集』の中の恋歌に三条右大臣の詠んだ「名にしおはゞあふ坂山のさねかづら人に知られで来るよしもがな」というのがあって人口に膾炙している。そしてこの逢坂山(昔は相坂《あうさか》とも合坂《あうさか》とも書いた)は元来山城と近江との界にあって東海道筋に当り、有名な坂で昔の関所の旧跡であるが今日では近江分になっている。そのかみここに蝉丸という盲人が草庵を結んで住み、かの有名な「これやこの行も返るも別れつヽ知るも知らぬも逢坂の関」という歌を詠んだということが言い伝えられている。
 さて上の歌に詠みこまれてあるサネカズラとは一体どんなものか。すなわちこのサネカズラは実蔓《サネカズラ》の意でその実が目だって美麗で著しいから、それでこのような名で呼ばれるようになったのだ。その実の形はちょうど彼の生菓子のカノコに似て、その赤い実が秋から冬へかけそ
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