と声なしに呼んで招いている。そうするとどこからともなくこの花香に誘ない寄せられて果たして昆虫が飛んで来るが、それへの御馳走は前記の通り蜜槽から出る甘い蜜液である。すなわちこれあるがために昆虫が来るのだ。そこで昆虫学者に尋ねたいのはこの花に来る昆虫の名であるが、今果たしてその調査が出来ているのかどうか、覚束ない気がする。
 花がすむとその筒をなせる萼の方は凋むが下の花托の方は生き残り、この残った花托が日を経て次第に大きさを増すのだが、また同時に段々とその外部が肉ぼったくなり、初めは緑色なのがついには熟して赤色多汁となり食用に供せられる。しかしその内壁は硬変して緊密にその内部の果実を包擁している。グミの実を食うとき、核《タネ》(すなわちサネ)の如く残される部が右花托の硬変部でそれは種子の皮部であるかと疑われる。そして果実も種子も共に右花托硬変部の内部に閉在している。ゆえにグミの実は花托と果実と種子とより成っているのである。
 右の多汁甘味の熟実は、これを鳥類の御馳走に供して食って貰い、前日花粉を媒介し実の生るようにしてくれた恩返しを今実行しているのである。すなわち実さえ出来ればグミ家の我が
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