ジ其秋実ノル地ニヨリテ山野ニ※[#「彳+編のつくり」、第3水準1−84−34]ク生ズ貧民ハ其実ヲ多トリテ粮トス筑紫ニ多シ庭訓往来《ていきんおうらい》ニ宰府ノ栗ト云是ナリ蘇恭《そきょう》ガ茅栗細[#(ニシテ)]如[#二]橡子[#(ノ)][#一]ト云シモシバクリナルベシ」と述べてあるが、これはいわゆる三度グリに当っている。
寺島良安《てらじまりょうあん》の『倭漢三才図会《わかんさんさいずえ》』巻之八十六、栗の条下に「上野下野越後及紀州熊野[#(ノ)]山中[#(ニ)]有[#(リ)][#二]山栗[#一]小扁[#(ク)]一歳[#(ニ)]|再三《フタタビミタビ》結[#レ]子[#(ヲ)]其樹不[#二]大木[#(ナラ)][#一]所謂[#(ル)]|茅栗《ササクリ》是[#(カ)]乎」と書いてあるが、これも三度グリを指したものだ。
およそ二百五十年前の嘉永三年(1850)に上梓せられた『桃洞遺筆《とうどういひつ》』第二輯に三度栗の記事があって次の通り書いてある。すなわち「又三度栗あり、本朝食鑑(四巻)に、上野州下野州有[#二]山栗[#一]極小、一年[#(ニ)]三度収[#(ム)][#レ]栗[#(ヲ)]、故[#(ニ)]号[#二]三度栗[#一]といひ、因幡志(巻二末)に、法美《ハフミ》郡宇治山に産すといひ、紀伊続風土記(巻六十九)に、牟婁郡|栗栖《クルス》[#(ノ)]荘芝村、又(巻七十二)同郡|佐本《サモト》[#(ノ)]荘西栗垣内村、又(巻八十)同郡三里郷一本松村等に産する事を載す、此外越後、信濃、石見、土佐、筑前等にも産す、一名山グリ(詩経名物弁解)梶原グリ(石見)といふ、大抵牟婁郡に産する物は、其山を年々一度づつ焼く、其焼株より出る新芽に実のるなり、七月の末より、十月頃まで、本中末と三度に熟するを云なり、三度花を開きて実を結ぶ物にはあらず、皆其地の名産とすれど、何れの国にも産するなるべし」である。
右の『桃洞遺筆』に引用されている『本朝食鑑《ほんちょうしょっかん》』(小野必大《おのひつだい》の著、元禄十年1697出版)巻之四の文を仮名交りに書いてみれば、「上野州下野州ニ山栗アリ極メテ小ニシテ一年ニ三度、栗ヲ収ム故ニ三度栗ト号ス其味ヒ佳ナラズト為サズ此|類《タグヒ》ノ山栗ハ諸州ニ在レドモ亦極メテ小キナリ是レ古ヘノ※[#「木+而」、第4水準2−14−58]栗《ササクリ》乎」である。
元来栗は中国の産である、クリこそは日本にあるが栗は日本にはない。学名でいえば中国の栗は Castanea mollissima Blume[#「Blume」は斜体]=Castanea Bungeana[#「Castanea Bungeana」は斜体] Blume)であって Chinese Chestnut の俗名を有し、和名はシナグリ(支那グリ)一名アマクリ(甘クリ)であり、日本のクリは Castanea crenata Sieb[#「Sieb」は斜体]. et Zucc[#「et Zucc」は斜体]. であって Japanese Chestnut の俗名をもっている。そして中国の栗は同国の特産で日本には産せず、日本のクリは日本の特産で中国には産しない。だから中国の書物にある※[#「木+而」、第4水準2−14−58]栗または杭子を我がサヽグリにあて、茅栗を我がシバグリにあて、板栗を我がタンバグリにあて、山栗を我が中《チュウ》グリにあてるのはみな間違いで、これらはことごとく支那栗すなわち甘《アマ》クリの内の品種名たるにほかなく、断じて我が日本のクリに適用すべき名ではないことを銘記していなければならない。
搗《カチ》グリというものがある。カチとは舂《つ》くことで、すなわちクリの実を干し搗いて皮を去りその中実《なかみ》(胚を伴うた子葉)を出したものである。それには普通にシバグリを用うる。シバグリとは柴グリの意で小さいクリである、すなわち上の三度グリなどはみなシバグリであり、三度グリならずとも野山のクリにはシバグリが多い。たとえその樹が高大になってもシバグリはやはりシバグリたることを失わない。これについて上の『本朝食鑑』栗の条下に次の如く書いてある。今分り易く原漢文を仮名交り文にする。「搗栗《ウチクリ》加知久利《カチクリ》ト訓ズ、熱栗ノ連殻ヲ取テ日日晒乾シ皺ムヲ待テ内チニテ鳴ル時、臼ニ搗テ紫殻及ビ内※[#「さんずい+(嗇/一)」、248−17]皮ヲ去ルトキハ、則チ外ハ黄皺、内ハ潔白ニシテ堅シ、其味ヒ極メテ甘シ、若シ軟食セント欲セバ則チ熱湯ニ浸シ及ビ熱灰ニ※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]シテ軟キヲ待テ食シ以テ乾果ノ珍ト作ス、山栗ノ微小ナル者ヲ用テ之レヲ造ルモ亦佳ナリ、或ハ断肉蔬※[#「歹+(餐−殄)」、第4水準2−92−50]ノ時搗栗ヲ以テ鰹節ニ代フレバ能ク甜味ヲ生
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