徳川時代に渡来したものである。爾来人家の庭園に栽植せられて一つの花草となっているが、しかしそう普通には見受けない。右『草木図説』には「伊吹山ニ多ク自生アリ」と書いてあるが、これは慾斎の誤認で、同山には絶対この種を産しなく、ただ同山にはその山面の草地にキスゲ一名ユウスゲ一名ヨシノスゲ一名マツヨイグサ(同名がある)すなわち Hemerocallis Thunbergii Baker[#「Baker」は斜体] を見ているだけである。
右の※[#「くさかんむり/(糸+爰)」、241−12]の字は※[#「くさかんむり/(言+爰)」、第3水準1−91−40]の字の誤り、これは萱と同字で、その漢音はケン、呉音はクヮン、共に忘れる意である。
イタヤカエデ
日本産のカエデ類(Acer)にイタヤカエデという名のカエデがあるが、今日の人々はみなその実物を間違えている。つまり本当のイタヤカエデがイタヤカエデとなっていなく、イタヤカエデでないものがイタヤカエデとなっている。そしてそれが林学の方面でもまた植物学の方面でも通り名となって誰も疑わずにこの名を用いているから、これは科学上どうしても是正しておかねばならんのである。猴は人ではなく、犬は猫でなく、牛は馬ではない。
元来イタヤカエデとはどういう意味から割り出して来た名であるのかとたずねてみると、これは宝永七年(1710)に出版になった、東武蔵、江戸の北なる染井の植木屋の主人|伊藤伊兵衛《いとういへい》の著『増補地錦抄《ぞうほちきんしょう》』によって見れば、イタヤカエデは紅葉するカエデの中でその葉が大形なものであるから、それが天日を蓋うように繁れば降り来る雨もそれを通して漏り来ることはあるまい。それはちょうど屋根を板葺きにした板家《いたや》と同様だから、それで板家カエデというのであるとして、今日いうハウチワカエデ(Acer japonicum Thunb[#「Thunb」は斜体].)の葉形が掲げてある。
この板屋《イタヤ》カエデをまた名月《めいげつ》というとしてその語原が書いてあるが、その名の起こりは『古今集』から来たもので、その集中の「秋の月山へさやかにてらせるは落る紅葉のかずを見よとか」の歌に基づいたもので、これは秋の紅葉の時節にこの赤色に染った葉が地面に落ち布ける数を、照る月の光でかぞえ見ることが出来るだろうとの意味である。
右によると、イタヤの名もメイゲツの名と同じく、Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. の品類の名ではないから、この類からイタヤカエデの名を取り消さねば名称学上正しいものとはなりえない。ゆえにこの Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. 一類の品はこれをツタモミジとかトキワカエデ(これは常磐すなわち常緑の意味ではなく、赤く紅葉しない意味だ、すなわちこの品は黄葉して赤色とはならない)とかの従来からある名にすればそれでよろしい。
従来山人が実地に呼んでいるものに、シロビイタヤ(白皮イタヤ)、アカビイタヤ(赤皮イタヤ)、クロビイタヤ(黒皮イタヤ)の三つがあるが、これはみな Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. 中の品である。この mono 種にはいろいろの品があるので、その品によって樹皮の色が違うのであろう。ゆえにこれはどれがどれ、どれがどれと突きとめる必要があるのだが、林学の方で果たしてそれが判っているだろうかどうだろう、林学関係の学者に聴きたいものだ。
今日植物学界では北海道に産する(本州にもある)Acer Miyabei Maxim[#「Maxim」は斜体].(この種名 Miyabei 宮部金吾《みやべきんご》博士を記念するために名づけたものだ)を誰がいったか知らんが、クロビイタヤと呼んでいる。しかし上に書いたようにこのクロビイタヤの名はいわゆるイタヤカエデの一品を呼んだものにほかならないから、何か別の和名に改める必要がある。そこで私は先きにこれをエゾイタヤと変更し、これを我が『牧野日本植物図鑑』に書いておいたが、しかしまことに気持ちよい爽やかな図が Sargent 氏の Forest Flora of Japan に出ている。この書には日本の飜刻版がある。
三度グリ、シバグリ、カチグリ、ハコグリ
諸国に往々三度グリと呼んでいるクリがあって、その土地の名高い名物となっていることがある。すなわちそれは一年に三度実が生るというのである。実際そんなクリがあるにはあるが、じつをいうと何も一度、二度、三度と区切って実が生るのではなく、夏から秋まで連続してその実が着くのである。
かく呼ばれている三度グリについては、私の生国土佐にもその例があって『土佐国産往来《とさこくさんおうらい》』にも「三度生
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