のであろう。そして同書に掲げてある本品の図もじつは坪井伊助《つぼいいすけ》氏著の『坪井竹類図譜』から採ったものであることに気を利かせてみねばならない。
日本では従来中国の江南竹をモウソウチクだとしているが、これは全く適中していなく、この江南竹はけっしてモウソウチクそのものではない。それはその稈の節から出る枝が毎節明かに三本ずつになっているのでも判かる。しかしこのモウソウチクは元来中国の原産で最も顕著な竹であるのだから、何か中国名すなわち漢名があるに相違ないと考え、そこで李※[#「衙」の「吾」に代えて「干」、223−17]《りかん》の著した『竹譜詳録《ちくふしょうろく》』(全七巻)をひもときその各種竹品の記文を検討してみたところ、果たしてその中での狸頭竹《リトウチク》、一名|※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]彈竹《ビョウダンチク》がまさにモウソウチクそのものであることを突き止めえた。しかしこの狸頭竹、※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]彈竹の名は既に明治十九年(1886)に出版せられた片山直人氏の『日本竹譜』にモウソウチクの漢名として引用してあるが、それはモウソウチクにあてた江南竹の異名として挙げてあるにすぎず、敢えて正面の名とはなっていない。今次に右『竹譜詳録』の文章とその図とを抄出してみると
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狸頭竹、一名※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]彈竹、処処ニ之レアリ、江淮ノ間生ズル者高サ一二丈径五六寸、衡湘ノ間ノ者径二尺許、其節ハ下極メテ密ニシテ上漸ク稀ナリ、枝葉繁細、筍ハ庖饌ニ充テ、絶佳ナリ、此筍ノ出ヅル時、若シ近地堅硬或ハ礙磚石ナレバ則チ間ニ遠近ナシ、但シ出ヅベキ処ニ遇ヘバ、即チ土ヲ穿テ出ヅルコト猶ホ狸首ガ隙ヲ鑽《ウガ》チ通透セザル無キガゴトシ、故ニ此名ヲ寓ス、亦高サ一丈許ニ止マル者アリテ下半特ニ枝葉ナク、人家庭院ニ栽植ス、枝葉扶疎、清陰地ニ満チテ殊ニ愛悦スベシ、然レドモ竹身ニ下※[#「扮」のつくり/鹿」、224−11]ニシテ上細ク、竿大ニシテ葉小ク、図画ニ宜シカラズ、広中ニ出ヅル者ハ筍味佳カラズ、江西及ビ衡湘ノ間、人冬ニ入リ其下、地縫裂スル処ヲ視テ掘リ之レヲ食フ、之レヲ冬筍ト謂ヒ甚ダ美ナリ、留メテ取ラザレバ春ニ至テ亦腐朽シ、別ニ春筍ヲ生ジテ竹ト為ル、福州ノ人謂ツテ麻頭竹ト為ス(漢文)
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である。またこれは猫頭竹とも※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]頭竹とも猫児竹とも猫竹とも毛竹とも茅竹とも南竹とも称えるが、陳※[#「温」の「皿」に代えて「俣のつくり−口」、第4水準2−78−72]子《ちんこうし》の『秘伝花鏡《ひでんかきょう》』によれば
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猫竹一ニ毛竹ニ作ル、浙|※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]《び》ニ最モ多シ、幹ハ大ニシテ厚シ、葉ハ細ク小サクシテ他ノ竹ニ異ナリ、人取テ牌ニ編ミテ舟ヲ作り或ハ屋ヲ造ルニ皆可ナリ(漢文)
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と書いてある。そしてこの毛竹の名はあるいは猫竹の音便で毛竹となったのかも知れないが、しかしモウソウチクにあってはその嫩稈の膚面に短細毛が密布(後に脱落する)しているので、あるいはそれで毛竹というのかとも思われるが、果たして然るか否かはっきりしない。
[#「狸頭竹の冬筍と春筍、李※[#「衙」の「吾」に代えて「干」、225−図のキャプション]『竹譜詳録』」のキャプション付きの図(fig46820_29.png)入る]
今モウソウチクの漢名としては猫頭竹を用いることとし、その他の※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]彈竹、猫頭竹、※[#「豸+苗」、第4水準2−89−6]頭竹、猫児竹、猫竹、毛竹、茅竹、南竹をその一名とすればよろしい。すなわちこれでモウソウチクの漢名がきまり、従来久しく慣用し来った江南竹の漢名は今はモウソウチクとは絶縁となった、これでなんだか清々した気分だ。
私はこのモウソウチクをハチク、マダケの属と分立せしめて一つの新属を建ててみるつもりで Moosoobambusa の新属名と Moosoobambusa edulis(Riv[#「Riv」は斜体].)Makino[#「Makino」は斜体] の新学名とを用意した。近くその委曲を発表することにしている。
日本では竹籔の場合によく竹冠りを書いた籔の字を用いているが、元来この籔の字にヤブの意味は全然なく、これはすなわち桝目などに使う字だ。竹ヤブだから藪の字の艸冠りを竹冠りの籔の字にしてみたのは日本人の細工だ、細工は流々だがその仕上げはあまりご立派ではなかった。
紫陽花とアジサイ、燕子花とカキツバタ
私はこれまで数度にわたって、アジサイが紫陽花ではないこと、また燕子花がカキツバタでないことについて世人に
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