折れ垂れることがない。ここに誰も気のつかなかったことで津山尚《つやまたかし》博士が示さるるところによれば、トウジュロの葉の背面基部に針のような二本の付飾物が生じて葉に沿って存在している事実であるが、ワジュロの方にはそんなことは絶えてない。そしてこの事実は全く津山君の発見である。

  蜜柑の毛、バナナの皮

 蜜柑《ミカン》の実にもし毛が生えてなかったら、食えるものにはならず、果実として全く無価値におわる運命にある。毛があればこその蜜柑である。この毛の貴ときこと遠く宝玉も及ばない。皆の衆毛を拝め、蜜柑の毛を。
 花の時ミカンの子房を横断して検してみると、それが数室になっており、その各室内には嫩い卵子《オヴュール》(これを胚珠というのは誤りで nucellus こそ胚珠である、珠心は無益不用な訳語である)があるのみで、他にはそこに何物もない。花がおわるとその子房は日を経るままに段々とその大きさを増すのだが、花後直ぐにその室の外側の壁面から単細胞の毛が多数に生えて出て来、子房の増大とともにこの毛もともに生長して間もなく室内を填充しかつその大きさをも加える。この果実が熟する頃にはそのミカンの嚢《ふくろ》一杯になっている毛の中に含まれた細胞液が酸化し甘くなり、そこで食われ得るミカンとなるのである。つまり毛の中の細胞液を吾らは賞味しているのである。
 ミカンの皮は外果皮、中果皮、内果皮の三層からなっているが、その外果皮には多数の油点がある。中果皮は外果皮に連なり粗鬆質である。内果皮は薄いけれども組織が緊密で、いわゆるミカンの嚢の外膜をなしている。そして互に連続せずに嚢に従って切れている。その質が堅くかつ嚢の外方壁となっているので、ミカンを剥げば融合連着している外果皮、中果皮がいわゆる蜜柑の皮となり、ひとり内果皮を残して剥がれるのである。
 バナナ(すなわち Banana これは西インド語の Bonana から出ている)の食う部分はその皮であって、すなわちその中果皮と内果皮とを食っているのである。外果皮は繊維質になっているのでこれを剥げばその内部の細胞質の中果皮と内果皮とから離れる。ゆえに俗にこれはバナナの皮だといっている。この中果皮と内果皮とは互いに一つに融合しておってこの部が食用となるのである。そしてバナナは変形してたとえ種子の痕跡はあっても種子が出来ないから食うには都合がよい。植物学的にいえばバナナは下位子房からなっているから、その食う部分は茎からなっている花托であるといえる。ゆえにバナナはつまるところ茎を食っているとの結論に達する訳だ。
 オランダイチゴの食う部分は花托だから、じつをいえば変形せる茎を食っているのである。その粒のような本当の果実は犠牲となりお供して一緒に口へはいるのである。果実の食う部分を注意して見るとなかなか興味がある。上位子房からの果実よりは下位子房からの果実には種々面白味が多い。

  梨《ナシ》、苹果《リンゴ》、胡瓜《キュウリ》、西瓜《スイカ》等の子房

 ナシ、リンゴ、キュウリ、スイカなどはみな植物学上でいう下位子房(Inferior ovary)を持っていて、その子房が成熟して果実となっている。ゆえにその果実はウメ、モモ、カキ、ミカン、ブドウ、ナスビなどのように純粋な果皮を持った果実とは違って、その子房は他の助けを借りてそれと仲よく合体したものである。つまり瘤付きである。ゆえにその果実の内部の中央の方は本当の子房からなっているが、外側の方はその付属物である。そしてその食える部分はすなわちこの付属物であって、中央の子房はキュウリ、スイカなどは軟くて全部一緒に食えるが、ナシ、リンゴなどは食うにしてもそれが食えないのである。
 これらナシ、リンゴ、キュウリ、スイカなどの実は、上述の通り下位子房で成ったもんだからその周囲を花托で取り巻き、それが中の子房に合体している。そしてその花托は茎の先端であるから、ナシ、リンゴなどの食う部分は、つまるところこの茎であると結論せねばならん理屈だ。
 学校で植物学を学んだ人達はこんな事柄はすでに承知している筈だろうから、今さら私が上のようなことを喋べると、時世おくれだと笑われるかも知れんが、しかし今世間でナシ、リンゴ、スイカ、カボチャなどを食う大人達、婦人連が果たしてこんな事実を先刻御承知かどうか、どうもそこまで一般が科学的になってはいないような感じがする。

  グミの実

 グミの類の花を見ると、花の下に子房のように見えるものがあるので、チョットそこに下位子房があると感ずるのだが、じつはそれは子房ではないのである。すなわちその子房らしいところは花の顔すなわち花被になっている萼《がく》の下に続く部の括びれたところで、それはやや質の厚い筒をなした花托なのである。すなわちそこが素
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