ら普通のアシすなわちヨシ(Phragmites communis Trin[#「Trin」は斜体].=Arundo Phragmites[#「Arundo Phragmites」は斜体] L.)と異なった種類のものではない。その浜荻の生えている場所は今は水田の一部となっているが、昔は無論この辺一帯が広い蘆原であったことが想像に難くない。
浜荻はアシすなわち蘆のふるい別名で、今日ではこの名は既にすたれて、ただ書物の中に残っているだけとなった。
アシはアシが本名であるが、これを悪しに擬し、ヨシを善しに通わせ縁起を担いでそういったもんだ。そしてこのアシの繁茂している原をばアシハラとはいわずに普通ヨシハラと呼んでいる。かの東京で遊廓のあった地を吉原と呼んでいたが、そこはもとヨシの生えていた田圃であった。
アシに対する中国の名にはまず三つある。すなわちアシの初生のもの、すなわち食うべき蘆筍の場合のものを葭[#「葭」に傍点]といい、なお十分に秀でず嫩い時を蘆[#「蘆」に傍点]といい、十分に成長したものを葦[#「葦」に傍点]といい、葦はすなわち偉大を意味するといわれる。
高野の万年草
『紀伊国名所図会《きいのくにめいしょずえ》』三編巻之六(天保九年[1838]発行)高野山の部に
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万年草《まんねんそう》 御廟の辺《ほとり》に生ず苔《こけ》の類《たぐひ》にして根蔓をなし長く地上に延《ひ》く処々に茎立て高さ一寸|許《ばかり》細葉多く簇《むらがり》生《しょう》ず採り来り貯へおき年を経といへども一度水に浸せば忽《たちまち》蒼然《そうぜん》として蘇《そ》す此草漢名を千年松といふ物理小識[牧野いう、此小識はショウシと訓む]に見えたり俗に旅行の人の安否を占《うらな》ふに此艸を※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]水に投じ葉開けば其人無事也|凋《しぼ》めば人|亡《な》しといふとぞ又日光山の万年艸は一名万年杉また苔杉などいひ漢名玉柏一名玉遂また千年柏といひて形状《かたち》と異なり混ずべからず
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と書いてある。
貝原益軒の『大和本草《やまとほんぞう》』巻之九(宝永六年[1709]発行)には
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万年松 一名ハ玉柏本草苔類及|衡嶽志《しょうがくし》ニノセタリ国俗マンネングサト云鞍馬高野山所々ニアリトリテ後数年カレズ故ニ名ヅク
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とある。
小野蘭山《おのらんざん》の『大和本草批正《やまとほんぞうひせい》』(未刊本)には
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万年松(玉柏ノ一名ナリ) 玉柏ハ日光ノ万年グサ一名ビロウドスギト云石松ノ草立ナリ此ニ説ク形状ハ高野ノ万年グサ物理小識ノ千年松ナリ諸山幽谷ニ生ズ高野ヘ至モノ必ラズ釆《トリ》帰ル山下ニテモ此草ヲウル其状苔ノ如シ高一寸許葉スギゴケノ如シ数年過タルモ水中ニヒタセバ新ナル如シ
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と述べてある。
寺島良安《てらじまりょうあん》の『倭漢三才図会《わかんさんさいずえ》』巻之九十七(正徳五年[1715])には
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まんねんぐさ 玉柏 五遂 千年柏 万年松 俗云万年|草《クサ》 按ズルニ衡嶽志ニ謂ユル万年松ノ説亦粗ボ右ト同ジ紀州吉野高野ノ深谷石上多ク之レアリ長サ二寸許枝無クシテ梢ニ葉アリテ松ノ苗ニ似タリ好事《コウズ》ノ者之レヲ採テ鏡ノ奩《ス》[牧野いう、奩ハ字音レン、鏡匣《カガミバコ》である]ニ蔵メテ云ク霊草ナリ行人ノ消息《アリサマ》ヲ知ラント欲セバ之レヲ※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]水[牧野いう、※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]は字音ワン、鉢、椀、皿である]ニ投ジテ之レヲトフ葉開ケバ即チ其人存シ凋《シボメ》バ即チ人亡キ也ト此言大ニ笑フベシ性水ヲ澆ゲバ能ク活スルコトヲ知ラザレバナリ
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と書いてある。
次に享保十九年(1734)刊行の菊岡沾涼《きくおかせんりょう》の『本朝世事談綺《ほんちょうせじだんき》』巻之二には
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万年草《まんねんそう》、高野山大師の御廟にあり一とせに一度日あってこれを採と云此枯たる草を水に浮めて他国の人の安否を見るに存命なるは草。水中に活《いき》て生《おい》たるがごとし亡したるは枯葉そのまゝ也
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とある。
次に小野蘭山《おのらんざん》の『本草綱目啓蒙《ほんぞうこうもくけいもう》』巻之十七(享和三年[1803]出版)には、玉柏(マンネングサ、日光ノマンネングサ、マンネンスギ、ビロウドスギ)の条下に
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又別ニ一種高野ノマンネングサト呼者アリ苔ノ類ナリ根ハ蔓ニシテ長ク地上ニ延ク処処ニ茎
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