m#(クナラン)][#二]一人[#(ヲ)][#一]、手[#(ヅカラ)]種[#(ユ)][#二]茱萸[#(ヲ)][#一]旧井[#(ノ)]傍[#(ラ)]、幾回[#(カ)]春露又秋霜、今来独[#(リ)]向[#(フテ)][#二]秦中[#(ニ)][#一]見[#(ル)]、攀折無[#(シ)][#三]時[#(ニ)]不[#(ザル)][#二]断腸[#(セ)][#一]、
[#ここで字下げ終わり]

 昔中国から来た呉茱萸が今日本諸州の農家の庭先きなどに往々植えてあるのを見かけるのは敢て珍らしいことではない。樹が低く、その枝端に群集して着いている実は秋に紅染し、緑葉に反映して人の眼をひく、すなわちこの実には臭気がありそれが薬用となる。ところによっては民間でその実を風呂の湯に入れて入浴する。日本にあるこの樹はみな雌本で雄本はない。ゆえに実の中に種子が出来ない。これは挿木でよく活着するだろう。

  アサガオと桔梗

 千年ほど前に出来た辞書、それは人皇五十九代宇多帝の時、寛平四年すなわち西暦八九二年に僧|昌住《しょうじゅう》の著わした『新撰字鏡《しんせんじきょう》』に「桔梗、二八月採根曝干、阿佐加保、又云岡止々支」とある。すなわちこれが岡トトキの名を伴った桔梗をアサガオだとする唯一の証拠である。人によってはこれはただこの『新撰字鏡』だけに出ていて他の書物には見えないから、その根拠が極めて薄弱だと非難することがあるが、たとえそれがこの書だけにあったとしても、ともかくもそのものが儼然とハッキリ出ている以上は、これをそう非議するにはあたらない。信をこの貴重な文献においてそれに従ってよいと信ずる。
 秋の七種《ななくさ》の歌は著名なもので、『万葉集』巻八に出て山上憶良《やまのうえのおくら》が咏んだもので、その歌は誰もがよく知っている通り、「秋の野《ぬ》に咲《さ》きたる花を指《およ》び折《を》り、かき数ふれば七種の花」、「はぎの花を花《ばな》葛花《くずばな》瞿麦《なでしこ》の花、をみなへし又|藤袴《ふぢばかま》朝貌《あさがほ》の花」である。この歌中のアサガオを桔梗だとする人の説に私は賛成して右手を挙げるが、このアサガオをもって木槿すなわちムクゲだとする説には無論反対する。
 元来ムクゲは昔中国から渡った外来の灌木で、七|種《くさ》の一つとしてはけっしてふさわしいものではない。また野辺に自然に生えているものでもない。またこの万葉歌の時代に果たしてムクゲが日本へ来ていたのかどうかもすこぶる疑わしい、したがってこれをアサガオというのは当っていない。
 いま一つ『万葉集』巻十にアサガオの歌がある。すなわちそれは「朝がほは朝露負ひて咲くといへど、ゆふ陰にこそ咲きまさりけれ」である。この歌もまた桔梗として敢えて不都合はないと信ずるから、それと定めても別に言い分はない。すなわちこれは夕暮に際して特に眼をひいた花の景色《けはい》、花の風情を愛でたものとみればよろしい。
 この『万葉集』のアサガオを牽牛子《ケンゴシ》のアサガオとするのは無論誤りで、憶良が七種の歌を詠んだ一千余年も前の時代には、まだこのアサガオは我が日本へは来ていなかった。そしてこの牽牛子のアサガオは、初め薬用として中国から渡来したものだが、その花の姿がいかにもやさしいので栽培しているうちに種々花色の変わった花を生じ、ついに実用から移って鑑賞花草となったものである。そしてこのアサガオは万葉歌とはなんの関係もない。
 また万葉歌のアサガオをヒルガオだとする人もあったが、この説もけっして穏当ではない。

[#「(古名)アサガオ(一名)オカトドキ(今名)キキョウ(桔梗)」のキャプション付きの図(fig46820_19.png)入る]

  ヒルガオとコヒルガオ

 日本のヒルガオには二つの種類があって、一つはヒルガオ(Calystegia nipponica Makino[#「Makino」は斜体], nom. nov.=C[#「C」は斜体]. japonica[#「japonica」は斜体] Choisy non Convolvulus japonicus[#「Convolvulus japonicus」は斜体] Thunb.)一つはコヒルガオ(Calystegia hederacea Wall[#「Wall」は斜体].)である。これらは昼間に花が咲いているので、それで昼顔の名があって朝顔(Pharbitis hederacea Choisy[#「Choisy」は斜体] var. Nil Makino[#「Makino」は斜体]=Ph[#「Ph」は斜体]. Nil[#「Nil」は斜体] Choisy)に対している。
 また右のヒルガオ、アサガオとは関係ないが、ついでだから記してみると、今日民間で夕顔と呼んでいるものはいわ
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