. japonica[#「japonica」は斜体] Rehd.=Japanese Elm)を楡であると誤認して名づけたものである。そして楡の本物は、もとより日本には産しないこと上述の通りである。
上の和名のヤニレならびにイエニレは古名だが、またニレともネレともネリともさらにハルニレとも呼ばれる。ニレとは元来|滑《ヌレ》の意で、その樹の内皮が粘滑であるからかくいわれる。そして右古名のヤニレだが、これは書物に脂滑《ヤニヌレ》だともっともらしく書いてあるが、私はそれに賛成せず、これは家ニレの意だと解している。そして同じく古名のイエニレは家ニレだ。
周定王《しゅうていおう》の『救荒本草《きゅうこうほんぞう》』には救荒食の樹として、中国式な楡銭樹の図が出ている。
楡と同属の樹に蕪※[#「くさかんむり/(夷−十)」、231−11]《ブイ》というのがあって Ulmus macrocarpa Hance[#「Hance」は斜体] の学名を有し、その実を蕪※[#「くさかんむり/(夷−十)」、231−11]仁と号して薬用に供し、すこぶる臭気がある。この実の味がやや苦いので古人が和名としてニガニレの称えを与えている。『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』にこれを和名比木佐久良(ヒキサクラ)と書いてあるが、なぜそういったのか今その意味は分らない。
シソのタネ、エゴマのタネ
シソ(紫蘇、または蘇)のタネ、エゴマ(荏)のタネと俗に呼んでいるものはじつは純然たる種子ではなく、純種子を含んだ果実である。植物学者はそんなことは朝飯前に知っているが、普通の人々には、それが分かるまい。あの小さい種子らしい粒を見て種子であると思うのは無理もない。
このシソあるいはエゴマの種子だと見えるものは、じつはその果実の四つに割れた一部分で、初めそれが宿存萼の奥底に鎮座しているのだが、熟するとばらばらの四粒となって萼内からこぼれ落ちるのである。そしてその円い球形の粒の表面には皺がある。この粒の中に本当の種子が一個ずつ入っている。そしてその粒は割れないから、その中の種子は外から見えない。
このシソならびにエゴマの子房は、元来合体した二心皮から出来ており、それが縊れて二つになり、両方の各心皮の中に二個の卵子があるから、つまり一子房には四つの卵子がある訳だ。そしてこの一子房を形成せる二心皮が再び二つ
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