裁判であるといえる。
 私はわが独自の見解に基づきこの燕子花、それはかの『渓蛮叢笑』の燕子花をもって、キツネノボタン科に属する飛燕草属の一種なる Delphinium grandiflorum L. var. chinense Fisch. であると断定して疑わない。この種は支那の北地ならびに満洲にも野生してふつうに見られ、秋に美花をひらいて野外を装飾する。今その草の状を見ると『渓蛮叢笑』の文とピッタリ吻合する。たとえその書の文が短くても、これを翫読してみるとそこにその要点が微妙に捕捉せられているのが認められる。和名をオオヒエンソウと称する。
 上のごとくカキツバタが燕子花ではないとすると、しからば同草の漢名はなんであるかということになるが、私は寡聞にしてまだカキツバタの正しい漢名を知らない。カキツバタは北支那にもあるからきっとなにかその名がなくてはかなわないが、今はそれが判らない。しかし待っていれば早晩明らかになる時期がいたるであろう。
 右のように従来わが邦で用いられている漢名には、その適用を誤っているものがすこぶる多い。かのケヤキに欅の字を用い、アジサイに紫陽花を用い、ジャガイモ
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