カキツバタ一家言
牧野富太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雄蕋《おしべ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|摺着《スリツクル》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)後藤※[#「犂」の「牛」に代えて「木」、第4水準2−14−90]春
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花がつみまじりにさけるかきつばたたれしめさして衣にするらん   公実
狩人の衣するてふかきつばた花さくときになりぞしにけり      基俊
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 カキツバタはだれもよく知っているアヤメ科イリス(Iris)属の一種であって、Iris laevigata Fisch. の学名を有する。シベリア、北支那方面からわが日本に分布せる宿根草で、水辺あるいは湿原に野生し、わが邦では無論かく自生もあれど、通常は多くこれを池畔に栽えてある。
 この草は冬はその葉が枯れて春に旧根から萌出し、夏秋に繁茂する。根茎は横臥し分枝し、葉は跨状式をなして出で、剣状広線形で尖り鮮緑色を呈して平滑である。葉中に緑茎を抽いて直立し一、二葉を互生し、茎頂に二鞘苞ありて苞中に三花を有し、毎日一花ずつ開く。花は美麗な紫色で外側の大きな三片は萼で、それが花弁状を呈し、その間に上に立っている狭い三片が真正の花弁である。萼片の柄の内側に一つの雄蕋《おしべ》があるから、つまり雄蕋は一花に三つあるわけだ。そしてその葯は白色で外方に向かって開裂し花粉を吐くのである。中央に一花柱があって三つに分れ、その枝は萼片の上により添うて葯を覆い、その末端に二裂片があってその外方基部のところに柱頭がある。この花は虫媒花であるから昆虫によって媒助せられ、雄花の花粉を虫が柱頭へ付けてくれる。そして子房は花の下にあっていわゆる下位子房をなし、花後に果実となりついにそれが開裂して種子を放出し、枯れた実は依然として立っている。カキツバタは紫花品がふつうであるが、またシロカキツバタという白花品もあれば、またワシノオと呼ぶ白地へ紫の斑入り品もある。そして本種は同属中で最もゆかしい優雅な風情を持っていて、その点はまったく同属中他品のおよぶところではない。さればこそ昔から歌や俳句などで決してこれを見逃していないのは、尤《もっと》もなことだと思われる。
 今カキツバタの語原をたずねてみると、これはその根元は「書き付け花」から来たものだといわれる。すなわちそれは国学者荒木田久老の説破するところで、この同氏の説はまったく信憑するに足るものと信ずる、よって今左に同氏の説を紹介するが、これは今からまさに百二十一年前の文政四年に出版となった同氏著の、『槻の落葉信濃漫録』に載っている文章である。

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かきつばた

波太波奈《ハタハナ》の通ふ言につきて因に言 かきつばたといふ花の名は燕の翅《カケ》る形ちに似たれば翅燕花《カケリツバハナ》といふ言ぞと荷田大人のいはれしよし 師の冠辞考に見えたるをめでたき考とおもひをりしに 按《オモヘ》ば是は燕子花とある漢字よりおもひよせられしものなり 熟《ツラツラ》考るに万葉七に墨吉之浅沢小野乃加吉都播多衣爾須里着将衣日不知毛《スミノエノアササハヲヌノカキツバタキヌニスリツケキムヒシラズモ》又同巻に かきつばた衣に摺つけますらをの服曾比猟《キソヒカリ》する月は来にけりとありて 上古は今のごとく染汁を製りて衣服を染ることはなくて 榛《ハリ》の実或はすみれかきつばたなどの色よき物を衣《キヌ》に摺り着《ツケ》てあやをなせるなり 其|摺着《スリツクル》をまたかきつくともいひて是も巻七に 真鳥住卯手《マトリスムウナテ》の神社《モリ》の菅《スガ》の実《ミ》を衣《キヌ》に書付令服児欲得《カキツケキセムコモガモ》とあれば かきつばたは書付花《カキツバナ》也([#ここから割り注]はなとはたと通ふは上にいふがごとし[#ここで割り注終わり]) 着《ツク》をつとのみいふも古語也 つきつくつけなどいふき[#「き」に傍点]もく[#「く」に傍点]もけ[#「け」に傍点]も用言に添る言にて元来つの一言ぞ着《ツキ》の意なりける 船のつく所を津といふにて知るべし(以下省略)
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 右にてカキツバタの語原はよく解るであろう。
 昭和八年六月四日に、私は広島文理科大学植物学教室の職員達と一緒に同校の学生を引き連れて植物実地指導のため、安芸の国山県郡八幡村におもむいた。この八幡村は同国西北隅の地でその西北は石見の国と界している。そしてこの村の田間の広い面積の地にカキツバタが一面に野生し、それがちょうど花のまっさかりな絶好の時期に出会った。私はつらつらそ
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