ムジナモ発見物語り
牧野富太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)巨椋《おぐら》池
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 じつとしていて静かに往時を追懐してみると、次から次に、あの事この事と、いろいろ過去の事件が思い出される、何を言え九十余年の長い歳月のことであれば、そうあるべきである筈なのである。
 しかし、ふつうのありふれた事柄は、たとえ実践してきた自身のみには、多少の趣きはあるとしても、他人には別にさほどの興味も与えまいから、そこで私はその思い出すものが、広く中外の学界に対して、いささか反響のあつたことについて回顧し、少しくその思い出を書いて見ようと思う。それは、時々思い出しては忘れもしないムジナモなる世界的珍奇な水草を、わが日本で最初に私が発見した物語りである。
 今から、およそ六十年ほど前のこと、明治二十三年、ハルセミはもはや殆ど鳴き尽してどこを見ても、青葉若葉の五月十一日のこと私はヤナギの実の標本を採らんがために、一人で東京を東に距る三里許りの、元の南葛飾郡の小岩村伊予田に赴いた。
 江戸川の土堤内の田間に一つの用水池があつた。この用水池は、今はその跡方もなくなつている。
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