めでさえあれば、開国ぐらい何でもあるまい!
 だが、これに続くフェロン師の言葉は、今度はあまりにも実際的であり、科学的であり、立派な探偵小説ものだ。
[#ここから1字下げ]
「何人の生命にも別条がないと信ずればこそ、あなたの御助力を拝借したいのです。しかしまた何等の困難もないとはいえません。ことに、例の物が納っている場所の問題です。そこへ行くには、プリンス・ジェロム湾のとある河口を汽船で三十マイルも遡らなきゃなりません。ところが、その河は、一ヶ月のうち大潮の三十時間しか、役に立たない、というのも、この三十時間だけは最深約三フィートの水量がありますけれども、そのほかの時は殆んどカラカラに乾上るのです。
 問題の場所は、上陸地点から徒歩でたっぷり四時間、途中、相当人口のある町を一つ通過しなきゃなりません。
 で、行きも帰りも、大潮の三十時間しか使えないのですから、牙山湾の河口へは、潮時かっきりに、到着している必要があります」。
[#ここで字下げ終わり]
 冒険家は話上手だ。話上手であることが冒険家のための資格の一つである。フェロンが喋ったにせよ、オッペルトが書いたにせよ、ともかくこれが、のちの失敗を説明するための伏線になっている。
[#ここから1字下げ]
「なによりも、はっきりした御返事をいただく前に御考え願いたいのは、この一事から生ずる利益は大にしては全世界、小にしては朝鮮国民自体のものであるという点です。そして、これに較べたら摂政個人の被害なぞは、物の数でもないという点です…………」
[#ここで字下げ終わり]
 ジェンキンスが公判廷で撥陵事件と「条約締結」との関係を問われたとしても、これ以上の答弁は不可能だったにちがいない。

 上海出発は「ある天気晴朗なる朝」だった。汽船「チャイナ号」には船長メラー、フェロン師、その朝鮮人の同志たち、「余」および「余に最も有用な援助を与えてくれたアメリカ紳士I氏」以上「幹部」のほかに、十二、三名のヨーロッパ人水夫、二十五人のマニラ人および数名のシナ人が乗組んだ。本船「チャイナ号」のほかに水深二フィートの箇所まで航行しうる小汽船「グレタ」を曳航した理由は、いうまでもあるまい。
 長崎に寄港した点まではオッペルトの『紀行』には全然省略されている。やや荒天だったため、かっきり大潮時までに到着する予定が数時間おくれて、真夜半になった。翌早暁、例の「護衛隊」を率いて小艇に乗換える。河幅は約半マイル、平野で、村々が指呼できる。村人がいぶかしそうに土手にならぶ。グレタ号は中流に位置を保ちながら、三十マイルを四時間で上陸予定地へ着くつもりのところ、午前十一時までかかった。
 上陸する。小村を支障なく通過。樹影一つない平野を過ぎると、やがてうるわしい丘陵地帯になって、相当な町に出た。外郭をそっと通過するつもりが、運悪く一隊の朝鮮兵と出逢ってしまった。「恫喝《どうかつ》」したら兵士は逃散したが指揮官だけは決死の形相で道をはばんでいる。今度は朝鮮語のできるフェロン師の番だ。うまく説教したと見えて、やがて指揮官は、おりがら日射病で倒れた「護衛隊」の一人のために、山駕《やまかご》を心配するという変り方だった。それはよいとして、すでに大変な予算狂になっているのが発見された――厳密なスケジュールによると少くとも午後一時には目的地に着いているはずが、今その時刻になってしかもやっと半途、加えるにこれから先きは上り坂の難路ときている!
 だが、四辺はいよいよ美わしく、二、三の牧夫以外には人家も認められなかった。ようやく五時前になって、ガイドの朝鮮人が指呼した方角を見上げると、西側が絶壁となって谷へ陥ち込んでいる峻険な連山が望まれた。約半時間の後その頂上に一行は立った。
 オッペルトには生れてはじめて見る絶勝だった。山腹の森蔭に村があって、やがてぞろぞろと出てきた村人たちから、難なく問題の場所を教わることができた。
(朝鮮の史料では伽洞民衆は武装した洋夷一行を見て守衛とともに逃散したはずだ。が、ともかくオッペルトについてゆこう)。
 非常に奥まった場所だった。ところが、案に相違したのは王陵の物々しく厳重な構造である。「聖骨」は単に石造の建築物中に納められているものとばかり想像して来たのに、これはまた四周一面頑丈な土壁で衛《まも》られていた。ともかくまず壁の一部を壊して入口を作る仕事にとりかからなければならない。もとよりそんなはずではなかったから道具の準備もないので、村から「撰んで」きた鍬《くわ》か何かで、とりかかった。
 壁破りの仕事だけで、五時間も費した!
 と、今度は、もっともっと大きな困難に出くわした。せっかく壁を壊してみたら、予期した通路どころか、大きな切石が背中を見せて塞がっていたというのだ。
 石を取除くにはあとまだ
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
服部 之総 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング