を本国に送還したが、彼はすぐさまポンジシェリィの布教団へ派遣されて、倍旧の戦闘的ジェスイットとして、「神と祖国のために」極東での経験を役立てることになった。
十二年経った、一八八〇年の三月に、『禁断国・朝鮮紀行』という堂々たる本が、英独両国語で同時に、ニューヨークおよびライプチヒから出版された。「その地理、歴史、生産および商業上の能力、その他その他を解明す」と副題してある。著者はエルンスト・オッペルト。
朝鮮はその四年前に開国して、英国産の金巾《カナキン》を先頭とする欧米商品は日本商人の独占的仲介を経て釜山《ふざん》から、元山《げんざん》から、旧朝鮮を揺動かしつつあったくせに、依然日本以外の国にたいしては厳として門戸を閉じていたから、列強の対朝鮮条約熱はいよいよ高まっていた矢先である。著書としてのテーマ・ヴァリューは相当のものといえよう。今日の日本の出版界だったらさしづめ豪華版と名乗ってもいい装幀で、菊版クロース三百数十頁、本文以外に海図が二葉、插絵が二十一枚、堂々たる朝鮮誌である。もしも最後のたった一章を「その他その他」つまり撥陵遠征隊事件そのものの「解明」に当てなかったとしたら、同名異人の例はあることだ、どうして著者エルンスト・オッペルト氏を、往年の「ちゃちなハムブルグ貿易商」、「ユダヤ人行商人」――憎むべき撥陵遠征隊事件の主犯その人だろうと思う者があろう!
ところで四月二十一日の『ネイション』に下のような投書が載った。
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「ネイション編輯《へんしゅう》足下
朝鮮に関するオッペルトの新刊が紹介されてるのを読んで、私は偶々《たまたま》ある奇怪な事件を想起した。……この海賊的行為のため、故国で入獄の憂目を見たと伝えられるオッペルト自身が、臆面もなく当の事件を解明|上梓《じょうし》するが如きは、実に言語道断の沙汰《さた》といわざるを得ない」。
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署名は往年の「参審」A・A・ヘイーズ、十二年前の上海の輿論がそのままの形で顔を出したわけだが、われわれにとっては、事件の「主謀者」から直接物語って貰えるのだから、何より興味があるわけだ。
オッペルトによると「主犯」の名誉はそっくりアベ・フェロン師に譲られている。そしてアベ・フェロン師は最高の人格者だ、「師をもってすれば物の数にもあらざる人々が、師を蔑視し論難するの甚だしきを見るにつけ、愈々《いよいよ》余は、師の情操品性の稀有なる高潔さを証明し、かつて至純の動機以外の何物によっても行動せることなき人物たるを確言するの義務を痛感する者である」。
これが全章のまくら[#「まくら」に傍点]になっているのだから、撥陵遠征隊事件はオッペルトによると、アベ・フェロン師の――および師の提言にしたがって全幹部の――稀有なるまで高潔な品性を論証する事例として、展開されるのだ。
あなたこそ、喜んで手を貸して下さる御方と御見受けしてと前置があって、某日フェロン師が、オッペルトへ、上海租界の茶亭の一隅で、ひどくもったいぶった説教だった。
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「これからおはなししますが、最初びっくりなさるかもしれません。奇怪とも突飛《とっぴ》ともみえましょう。しかし、よくよくお考え下さい、現在わたしたちが望んでいる朝鮮開国の一事を摂政(大院君のこと)に強要する途は、これ以外には絶対にありません。わたくしの案が、奇怪であり異常であるとしても、大事は小策をもって成すべからずということは忘れないで下さい。偏狭な目で見てはならないのです。
それから、いかにも摂政を強要しようというのですけれども、しかし何もひどい危害を加えるというのではありません。国内の誰一人、生命財産を危なくする心配はないのです。もっとも、かなりの護衛兵は必要ですが、これだって、実際上の危険を慮《おもんぱか》ってのことではなく、つまらない邪魔を避けるためです。」
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このようなフェロン師の科白《せりふ》が、まだまだ数頁にわたって書かれているのだが、そもそものプランはフェロン師と「わたくしの朝鮮人の友人」との間でできたことになっている。朝鮮人というのは、ジェンキンスが総領事セワードに向って朝鮮からの特使だといって報告した者で、実はフェロン一行を朝鮮から救い出した数名の朝鮮人信者団である。漁民だったと伝えられている。で、そのプランというのは――
迷信深い摂政(大院君)の家に伝わる聖骨があって、ある秘密の場所に護持されている。この聖骨のおかげで彼とその一族の幸福が保証されているものと信ぜられているので、これにたいする尊崇は異常なものだ。こいつを奪ってしまえば、ほとんど絶対権を取ったも同様、首都漢城を陥れたのも同然である。摂政は唯唯諾諾《いいだくだく》、聖骨取戻しのた
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