やく満潮時の河水に浮んだのは、それから三カ月のちだった。船は浮んだ。最後の予算外の大失費のため、今度は会社の方が沈没した。
 進水した「グレート・イースタアン」は、その後さらに一年と四カ月ばかりは、艤装も施されず、有楽町の半出来の映画劇場みたいに、醜怪な姿を曝《さら》しものにしていた。が、やっと工面がついて、一八六〇年六月処女航海を行った。
 だがその航路は、彼女本来の使命であった濠洲航路ではなく、太平洋航路だった。そもそも濠洲航路を補助金なしで稼ごうというのでできあがった巨大船である。その性能をもってこの長航路を独占し、往も復も満員満載――にちかい状態を予想して、そもそも算盤が弾かれていた。それも、さんらんたる金色の雲が濠洲を包んでおった六年前の算盤である。その黄金狂時代は、カリフォルニアでも、濠洲でもあまりに早くすぎ去ってしまった。
 結局のところ濠洲黄金狂時代の申し子であった巨船「グレート・イースタアン」が、結局のところ大西洋を――他人の洋《うみ》を――稼がねばならん破目《はめ》となった。
 そこには一八三七年以来の歴史をもつキュナード汽船が、ことに最近、多年の競争相手だった米国
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