お仕え申して居ります、表使《おもてつかい》のお方とやらで、三十くらいの袖《そで》ノ|井《い》様と申すお女中衆と、鴎硯《おうせき》と申されるお坊主衆とが一しょでございました」
「その二人は、何だって来なすったんだ?」
「袖ノ井様は、百人町にお家があり、お由利とは、大層仲よくして頂いて居りましたそうで、同じように宿退《やどさが》りのお許しが出ましたのを幸い、送って行って上げようと、お立ち寄り下さいましたのでございます。……お坊主の鴎硯《おうせき》様は、お光の方様のお声掛かりで、途中を護って下さいましたので。……」
「それで、二人は、座敷へ上がったのかね」
「左様でございます。手前共でも膳の用意なども、いたして居りましたので、お二方を上席に、お由利と平太郎が並びまして、一口召し上がって頂きました」
「平太郎と云うと?……」
「同じ町内の結城屋《ゆうきや》のせがれで、お由利がお城を退りましたら、一緒にする約束になって居ります。――昨夜も呼び迎えて居りました」
「そんなら、その時にゃ、別に変わったことは、なかったんだな」
「それはもう、みんな楽しそうで、鴎硯様は、唄や手踊《ておど》りが、大層お上手でございました。さんざん笑わせて頂きましたくらいでございました」
「うむ。みんなが帰ったのは?」
「鴎硯様は、お行列のお供には、加わらなくてもよいのだと、申されて居りましたが、それでも四ツ時ごろには、駕籠でお帰りになり、暫くして、星灯ろうを見物がてら、お由利が袖ノ井様を、送って行くと申しまするので、遠くもない所でもあり、常吉をつけてやりましたが、ものの半刻《はんとき》ばかりで、お由利もかえってまいりました」
「………」
「それから親子水入らずで、いろいろと話がはずみましたが、疲れていることでもございますし明日の朝は、ゆっくり寝たいから、渡り廊下になっている、離れがいいと申しますので、ここへ寝かしましたのでございます。愚痴のようではございますが、今から思いますと、手前共の部屋へ寝かしましたら、と、そればっかりが、残念でなりません」
「旦那。大層失礼なことを、おたずねするが……」
 伝七が口をはさんだ。
「平太郎さんと、お由利さんとは割《わり》ない仲になっていなすったのかね」
「いえいえ。左様なことはございません。お由利も、親の口から申しますのは、何でございますが、固《かた》い女で、平太郎もまた気の弱い男、祝言《しゅうげん》の日のきまるのを、待って居りますような訳でございます」
「今朝はまだ、来ちゃア居ないようだね」
「はい。あんまり騒ぎが大きくなりましてはと、見世の者にも、口止めをいたしてございますし、結城屋へも、報してはございませんので……」
 それを聞いていた留五郎は、伝七のうなずくのを見て、急に改まった。
「お内儀《かみ》さん。じゃいよいよ、調べにかかろう。ひとつ、家内中の者を、呼んでもらいましょう」

     夜半の出来事

 お牧が出て行くと、間もなく、何《いず》れも色あおざめた男女五人が、入口へ並んだ。
「それでは申し上げますが、一番前に居りますのが、妹娘のお春で、十七になります」
「お由利さんは、確か十九だったね」
「はい、厄年《やくどし》でございます」
 父親の声に、丁寧に頭を下げたのは、結綿《ゆいわた》の髪に、桃色の手絡《てがら》をかけた、姉に似たキリョウよし、しかもなかなかのしっかり者らしかった。
「その次に居りますのが、手代の常吉で、行く行くは、お春のムコにいたしまして、この見世を継がせたいと思って居ります。子供の時から、奉公いたして居りまして、まことによく働いてくれますので……」
 常吉は頭を赤らめて、両手をついたが、常々それと決めていて、何の感じもないのか、お春は姉の方を見つめたまま、顔色も変えなかった。
 後は田舎から出て来て間もないような、小僧の民吉と松三郎。これには留五郎も伝七も、眼をひかれた様子はなかった。
「手前共は、地味《じみ》な商売でございまして、わたくしがまだおもに働いて居りますところから、これくらいの人数で、十分やっていけますので。……台所をやらせて居りますのが、一番末に座って居ります、下女のおみねでございます。十八になりますが、一昨年、房州《ぼうしゅう》から雇い入れました、正直者でございます」
 きまり悪げに、眼を伏せているおみねは、女中のこととて、地味な身なりはしているが、肩も丸味を帯び、胸元も高く、ときどき留五郎の方を見る顔には、何となく色気があって、一応男の眼をひく女であった。
「いや、よく判った。こうしてみんなに並んでもらったので、調べも大層楽に出来るというもんだ。どうだな、この中にいるだれかはゆうべ一同が寝静まってから、お由利さんの部屋へ、這入って行った者のあるのを、知ってるに違いねえんだが、遠慮はいらねえから、話してもらいたいな」
「………」
「みんなが黙ってると、一人一人を、責《せ》めなくちゃならねえ。時によると、根こそぎお奉行所へ、引っ張って行くかも知れねえんだ。おいらの方じゃァ、大体の見当がついて居て、こんなこともきくんだから、正直に云わなくちゃいけねえぜ」
「………」
「よしッ。それじゃア、一人一人にきこう。お春さんを一人残してほかの者ア、次の部屋で待っててくんな」
 一同が出て行ってしまっても、留五郎は不興気《ふきょうげ》であった。
「お春さん、ここにいるのア、両親だけだ。姉のあだを討つためにも、本当のことを云わなくちゃならねえ。いまお前が、何か云いたそうにしていたから、みんなを遠ざけたんだ。――さア云いねえ」
「はい。……時刻は、はっきりとは判りませんが、真夜中に、御不浄《ごふじょう》へまいりました時、廊下を足音を忍ばせて、通った者がございます」
「うむ」
「わたしが廊下へ出ました時、手燭の光に、驚いたように振り返りましたのは、もうずっと向こうへ行って居りましたが、確かに常どんでございました」
「常吉?……」
 源兵衛が、びっくりしたようにオウム返しに問い返した。
「あの廊下は、姉さんの寝ている離れから、台所まで行くようになって居ります。その途中から、常どんが小僧達と一緒に寝ている部屋へ、曲がるようになって居りますので、その時は、何とも思ってはおりませんでしたけど、あれは姉さんの所へ、行った帰りだと思います」
「そうか。……他に何か今度のことについて、気のついたことはねえか」
「ございません」
「よし。じゃアお前さんは、あっちへ行って、小僧達を呼んで来ねえ」
「はい」
 重苦しい空気が、一同の前に流れた。
「常吉に限って……」
「でも、……そう云えば、お由利のことというと、夢中になる方ですからね。きのうだって、自分一人で迎えに行くなんて、云ってたじゃござんせんか」
 源兵衛がお春の言葉を耳に掛けない様子に、お牧は同調しなかった。
「小僧達を、連れてまいりました」
「………」
 お春の後ろへすわった小僧達は、互いに顔を見合わせて、おどおどと落ち着かなかった。
「おい。お前達は、ゆうべ寝てから、常吉が部屋から外へ出て行ったのに、気がついていただろう」
「………」
 松三郎が困って民吉を見ると、民吉はにらむようにそれを見返したが、やがて留五郎をまぶしそうに仰いだ。
「松どんは、よく眠っていたらしいんですが、あたしは、常どんに足をけっ飛ばされて、眼が覚めました。痛えなアといいますと、暗くって見えないんだから、勘弁しなと云って、自分の床へ這入ったようでございました」
「そうか。それじゃア夜半に、外へ出たことは間違えねえな? どうだ。今朝常吉に、何か変わった様子はなかったか」
「あ、そうだ」
 松三郎が、急に声を大きくした。
「さい角《かく》や干《ほ》し肝《ぎも》を削《けず》る、薄刃《うすば》の小刀を、磨《と》いでくれと頼まれましてあたしが磨ぎました」
「なに、刃物?……」
 留五郎の顔には、急に晴晴した微笑が浮かんだ。
「お春さん。お前の推量《すいりょう》は、当たってるぜ。直ぐに常吉を呼んで来ねえ」

     外《はず》された閂《かんぬき》

「常吉。おめえいま、裏の方へ行ってたそうだな。いよいよ、逃げ出すつもりだったに違えなかろうが、そうは問屋でおろさねえぜ」
「いえ。なんで左様なことを、いたしましょう。それは……」
 留五郎の前へすわらされた常吉は、お春、小僧達の云ったことを聞かされて、悄然と頭を垂れたが、追い打ちを掛けるように、留五郎に云われた言葉には、決然として顔を挙げた。
「今朝、お嬢さんのことを知りましてから、何か手掛かりはないかと探して居りましたら、裏の木戸のかんぬきの外れているのに、気がついたのでございます」
「えッ、かんぬきが?……」
 源兵衛が横合《よこあい》から叫んだ。留五郎は、その様子を冷ややかに見たが、急に眼を光らせたのは伝七だった。
「では旦那。そいつは、いつもかかっていたんですね」
「左様でございます。暮れ六つになりますと、必ずかけることになって居りまして、昨夕方も、わたくしが見回りまして、確かに見届けているのでございます」
「じゃア兄貴は?……」
 不服そうに留五郎は、伝七を見た。
「外から這入って来た奴が、あると云いなさるのか」
「さあてな。あるとは云わねえ。だが、無いとも云えねえ。それを調べてみなくちゃ、ならねえと思うだけよ」
「はははは。この野郎が、おのれにかかった疑いを、ごま化すためにそんなことを云い出したんだ。やい常吉」
 留五郎の声に、常吉はビクリと肩をふるわした。
「てめえは、お由利さんに、想《おも》いを寄せてたんだろう。平太郎に取られるのが、たまらなくなったんで、飛んでもねえ真似を、しやがったに違いねえ。その心底《しんてい》が判ってればこそ、てめえを養子に迎えるはずのお春さんが、てめえの味方になっちゃアくれねえんだ。どうだ、申し開きがあるか」
「………」
「お春さん。そうだろう?」
「わたしは、常吉が殺したとは申しませんが、姉さんと常吉とを較《くら》べますと、姉さんの味方をしたいと、思いますので……」
「よし、常吉。どうだ?」
「わ、わたくしは、子供の時分、御奉公に参りましてから、上のお嬢さんには、いつも優《やさ》しくして頂きました。母親のないわたくしはもったいないことながら、母とも姉とも、お慕《した》いしてきましただけに、お嬢様を殺すなどと、そんな大それたことが、出来るわけはございません。……刃物はきょう、犀角散《さいかくさん》を、削《けず》ることになって居りましたので、磨《と》がしましたばかり。決して、血を落としたんじゃございません」
「それじゃてめえは、お春さんに見られた時ア、離れからの帰りじゃなかったのか」
「………」
「厠《かわや》にゃお春さんが這入っていたんだ。てめえは用もねえのに廊下を歩いていたんじゃあるめえ」
「………」
「よし。もうきくことアねえ。これから、お奉行所へしょっ引いて行って、砂をかましてやるから覚悟しろ。お奉行様は、泣く子も黙る遠山|左衛門尉《さえもんのじょう》様だ。ひとたまりもあるもんじゃねえ。――おお旦那、野郎の部屋にある刃物を、持って来ておくんなせえ」
 そう云うと留五郎は、いきなり常吉にナワをうった。
「へ、へい……」
 源兵衛が、よろめきながら出て行くのを見て、留五郎は体を揺すって笑った。
「伝七兄貴。どうやら片付いたようだ。さア一しょに引き揚げよう」
「いや、折角《せっかく》だが、おいらは残ろう。おめえは気の済むまで、そいつを調べるがいい」
「じゃ何か。お前さんはまだ、外から入った奴の仕業《しわざ》だと、にらんでるんだな」
「そりア判らねえ。だが北町の。おいらアどうもまだ、調べ残しがあるように思われるんだ。おいらは、得心《とくしん》のいくまで調べねえと、飯がうまくねえ性分《しょうぶん》だ。ちっとも遠慮することアねえから、おめえは、先へ引き揚げてくんねえ。なアに、夕方までにゃ帰って、おめえンとこの、仏様に聞いてもらうよ」

     色もみじ

 常吉の縄尻《なわじり》をとって、
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