い事件のあった家らしく、陰惨《いんさん》な空気が満ちていた。
「旦那、飛んだことでござんしたねえ。折角お宿退りをなすったお由利さんが、こんな不仕合わせな目にあいなさるとア、まったく夢のようだ」
「北町の親分、お察し下さいまし。半年振りで帰って来たものを一晩も、ゆっくり寝《やす》ますことが出来なかったなんて、何という因果《いんが》でございましょう」
「こんなことでしたら、帰って来てくれない方が、どんなによろしゅうござんしたろう」
 源兵衛がおろおろ声になれば、お牧も一言云ったきり、その場に泣き伏していた。
「どうぞ親分。早く殺した奴を、捕えておくんなさいまし。せめて娘を、成仏《じょうぶつ》させてやりとうございまする」
「心配しなさんな。お由利さんとア小娘の時から知り合ってるおいらだ。青山小町と迄《まで》うたわれた娘を、こんな惨《むご》い目に遇《あ》わしやがった奴を、おめおめ生かしておくもんじゃねえ。それに今日は、おいらの兄貴分の、黒門町の伝七がうちへ来合わせていたのを幸い、一緒に来てもらったんだからなア」
「えッ。ではこちら様が、下谷の伝七親分さんで?……」
 夫婦は驚きながら、幾度も頭
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