りゃ、千人力だ」
 留五郎が急に勇み立って、伝七共々出て行こうとするのを、呼び止めたのは竹造だった。
「親分」
「何だ」
「あっしゃまだ、御殿《ごてん》女中の殺されたのア、見たことがねえんで。……きょうはひとつ、手柄を立てさしておくんなせえ」
「バカ野郎」
「おっと黒門町の。竹さんも連れて行こう。何か飛び廻ってもらうことが、あるに違えねえ」
「へッ、へッ。有難え。きっとあっしの鼻が、お役に立つことがありやすぜ」
 獅子っ鼻の竹は、こう云ってからすそをくるりと捲《まく》った。

     乳房の傷

「あ、北町の親分。御苦労様でございます。どうぞお入りなさって下さいまし」
 手代の常吉が、真っ青な顔で揉手《もみて》をしながら迎えるのを、眉間に深いシワを刻《きざ》んだ留五郎はちょいとうなずいただけで、さっさと奥へ通った。
 その後から、伝七、竹造、しんがりは顔の売れている岩吉が、小僧達に何か言葉をかけながら続いた。
 見世は大戸《おおど》が下ろされて薄暗《うすぐら》く、通された離れの座敷には、お由利の床がまだそのままに、枕辺《まくらべ》に一本線香と、水が供えてあるばかり。いかにも血なまぐさ
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