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この度立ちかえりて、父の病いが業病《ごうびょう》なりしことを知りおどろき、ましてやその姿を由利どのに見られし悲しさは、たとえるものもこれなく候《そうろう》。由利どのとの睦《むつ》みもこれまでなるべく、またその口よりお城へ洩《も》れ候節は、いかなる大事となるやも計られず、いまは自ら死を覚悟いたし申し候。ついては深夜、由利どのと忍び逢うやくそくなりしをさいわい、伊吹屋へまいり、眠る由利どのを一刺《ひとさ》しにいたし申し候。この身もその場にて、死するつもりに候わしかど、病父に引かれて立ちかえり時移るうち、早くも調べの手はのびて、万事|休《きゅう》し申し候。取調べの町人は情けある人とて一夜の猶予《ゆうよ》を与えられ候まま、父に手あつく仕えし上、暁け方眠りにつくを待ちて玉《たま》の緒《お》を絶《た》ち、返す刀にて自らも冥途《めいど》の旅に上り候。あの世には悩みも恨みもこれあるまじく、父の手を執りて由利どのを追い、共に白玉楼中《はくぎょくろうちゅう》の人となるが、いまはの際《きわ》の喜びに御座候。
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「おいお俊。やっぱり二人は、おめえの云ったような間
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