五郎が、上がりますはずでござんすが、取り混んで居りますため、手前|名代《みょうだい》で、とりあえずお報せに伺いやした」
「そして用の筋というのア?」
「今朝、暁《あ》け方《がた》に、袖ノ井が、自害して果てましたんで……」
「そうか。……やっぱり死んだか……」
「じゃア親分にゃ、袖ノ井の死ぬことが、きのうから判ってたんでござんすか」
 岩吉の声に、あわてて出て来た竹が、頓狂《とんきょう》な声を出したが、伝七はそれには答えなかった。
「岩さん、まア掛けてくんねえ。で、病人はどうした?」
「へえ。病人も袖ノ井の手で、殺しましたんでござんす。毎朝病人の、布の巻き替えを手伝います隣りの隠居が見つけまして、手前共へ、飛んでめえりやした。親分とあっしが、直ぐに出向きましたが咽喉を突いて、腑伏《うつぶ》している袖ノ井の傍にありやしたこの手紙を、親分が披《ひら》いて見ましたので、事情はすっかり判りやした。知らねえこととて、お先へ拝見いたしやしたが、早速黒門町の親分へ、お届けしろと申しますので、あっしが持って伺いました次第でございやす」
 岩吉の差し出すものを、伝七が受け取って見れば、一通の書置き。――

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