七はそのまま表通りへ曲がって、古びた小さい屋敷の門を潜《くぐ》った。
「御免なすって。……お城勤めをなすってらっしやる、袖ノ井さんのお宅は、こちらでござんしょうか」
「はい、はい。誰方《どなた》でございます」
 たるんだ声で答えながら、足許も覚束《おぼつか》なく出て来たのは、茶の単衣《ひとえ》に、山の出た黒繻子《くろじゅす》の帯をしめた、召使いらしい老婆であった。
「わたしは、お奉行所の、御用を承ってる者でござんすが、袖ノ井さんに、ちょいとお目にかかりたいことがござんして、お伺い申しました」
「あの、どのような御用で?」
「伊吹屋さんの娘さんの、お由利さんのことにつきまして、お伺い申しましたが……」
「少々お待ち下さいまし」
 伝七は、向こうの土間の天井に吊るしてある用心籠など眺めながら黙って待った。
 と、間もなく老婆は引き返して来た。
「お待たせいたしました。只今お嬢様は、御不在でございますが、旦那様が、お目にかかりますそうで。……どうぞお上がり下さいまし」
 袖ノ井が留守とは意外であったが、このまま引き退ることは出来なかった。
 壁の落ちかかった奥の間へ導かれた伝七は、この家の主
前へ 次へ
全39ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング