て来ねえ」
 いきなり立ち上がった伝七は、平太郎の手首を掴んだ。白く丸味を帯びた平太郎の腕は、女のように優しかった。

     赤トンボ

「親分、そう急がなくっても、いいじゃござんせんか」
「馬鹿野郎。御用中は忙しい体なんだ。てめえにつき合っちゃアいられねえんだ」
「でも、平太郎は、ホシじゃアねえんでげしょう」
「だから、なおさらじゃねえか」
「お由利さんの部屋へ、忍んで行った奴を、挙げねえんなら、まアぼつぼつやるより他にゃ、仕方がござんすまい。どっかそこいらで、一と休みしようじゃござんせんか」
「竹。おめえ休みたけりゃア、いつまででも、そこいらで寝てきていいぜ」
「冗談云っちゃアいけません。親分、ま、待っておくんなせえ」
 梅窓院通りから、百人町へ足を速めて行く伝七は、獅子っ鼻の竹を、いい加減にあしらいながら、何か思案《しあん》に耽っている様子だった。
「竹、おめえに、働いて貰う時が来たぜ」
「えッ、あっしに?……有難え」
「ほかじゃねえが、これから赤坂御門外へ行って、溜池《ためいけ》の麦飯《むぎめし》茶屋を、洗ってくんねえ」
「あすこの茶屋なら、六軒ありやしてね。女の数が三十人
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