ません。ゆうべお由利さんが、お客様を送って、帰ってまいりましてから、小父さんや小母さんに、わたしも加わりまして、四方山話《よもやまばなし》をいたしました」
「うむ」
「小父さんも小母さんも、口を揃えて、近いうちに祝言《しゅうげん》をするようにと、勧めてくれますのに、お由利さんは、うんとは申しません。そればかりでなく、来年三月は、いろいろ都合があって、袖《そで》ノ井《い》さんと、宿退りをしない約束をしてあるから、今度帰ってくるのは、来年の今ごろになるだろうなどと申しました」
「………」
「わたしは、間もなく切り上げて帰りましたが、家へ帰っても口惜しくて、どうしても眠られません。それで、どうかしてもう一度お由利さんと、とっくり話し合いたいと思いまして、ふらふらと、家を出てしまいました」
「きいてくれねえ時にゃ、ひと思いに、殺す気になってたんだな」
「飛んでもございません。だいいち、刃物も持っては居りません。ただ、心を尽《つ》くして話しましたら、また考えも変わるだろうと、それだけが、望みでございました」
「それで、裏からは、どうして這入ったんだ?」
「家を出ます時には、塀を乗り越えてでもと、
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