こんなことなら、顔を見て置きゃアよかった。平太郎さんだと思ったばっかりに、着物の柄も判らないと、常どんは口惜しがって居りました」
「そうか。だが、そんならどうしてさっき、常吉はそれを云わなかったんだろうな。それだけでも、身の証《あか》しの助けになるというもんだが……」
「はい、それはこうでございます。わたしは、両親が貧乏ですので、このお見世へまいります時に、まとまったお金を借りて居ます。途中でしくじりがございますと、そのお金をお返しして、国へ帰らなければなりません。きっと常どんは、それを考えて、何もかも黙っていてくれたんだと思います」
「成程」
「それに常どんは、お由利様思いでございますから、お嬢様のお部屋に、男がいたなどとは、どうしてもいえなかったんではございますまいか」
 伝七が大きく頷《うなず》いた時だった。
「親分、連れて来やした」
 突然竹道の声が聞こえたとおもうと、右手を掴まれて、裏木戸から幽霊のように這入って来たのは、平太郎であった。

     散っていた花

「お、平太郎か。ここへ掛けねえ」
「………」
 おみねを立ち去らした跡を指さすと、平太郎は、阿波《あわ》人形の
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