かしら?……」
お牧の心配そうな様子に、同じ思いの源兵衛も、町の彼方《かなた》へ眼をやった。
百人町の一帯は、どの屋敷も、高さ五、六間もある杉丸太の先へ、杉の葉へ包んだ屋根を取り付けて、その下へ灯《とう》ろうを掲げてあることとて、さながら群《むら》がる星《ほし》のように美しかった。
明和、寛政のころまでは、江戸の民衆は、急にこぞって家毎に高灯ろうをつるして、仏を迎えたものであったが、天保の今では、まったく廃《すた》れて、寺々や吉原の玉屋|山三郎《さんざぶろう》の見世に、その面影をしのぶばかり。しかも、鉄砲組同心の住む、青山百人町だけが、いまだにそのしきたりを改めることのない珍しい情景は、江戸名物の一つとなって、盆のうちの一夜は、将軍家が組頭の屋敷を休憩所に、わざわざ駕《が》をまげるのが、長い間の慣《なら》わしになっていた。
今宵も将軍|家慶《いえよし》は、愛妾のお光の方と共にお成りとあって、お光の方に仕えている源兵衛の娘由利も、その行列に加わったのであるが、日ごろの勤め振りにめでて、途中から実家へ帰ることを許されたとの報《しら》せが、すでにきのうの朝、伊吹屋一家を、有頂天《うち
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