活き活きとにぎわっていった。
朝風
「親分、大変だ」
「やいやい、岩吉、騒々《そうぞう》しいぞ。御用を預かる家で、一々大変だなんぞと云ってたんじゃ、客人に笑われるぜ。気をつけろい」
「へッ。こいつア大《おお》しくじりだ。いつもの癖が出ちまったんで。……こりア黒門町の親分、お早うございます」
「岩さん。朝から大層な働きのようだな」
「伝七親分の前でござんすが、十年に一度って騒ぎを、聞き込んでめえりやしたんで……」
「岩、そりア何だ」
親分の問いに、打てば響《ひび》くように、岩吉の声は冴えた。
「へい。ゆうべ、将軍様のお供をして来た御殿女中が、殺されやした」
青山北町の岡っ引留五郎の家では、昨夜は老衰《ろうすい》で死んだ父親の通夜《つや》とあって、並み居る人達の眼ははれぼったかったが、岩吉の声に、一斉に眼をみはった。
留五郎の父親も江戸では名の通った捕物師だったので、黒門町の伝七も、わが子のように可愛がって貰った縁があるところから、子分の獅子《しし》っ鼻《ぱな》の竹造を連れて、一夜をここに明かしたのであったが、今も今、帰ろうと立ちかけた矢先に、聞き捨てならぬ珍しい話だった。
「岩、てめえの話ア、騒々《そうぞう》しくっていけねえ。黒門町もいる事だ。もうちっと落ち着いて話をしねえ」
「いや北町の」
しかりつける留五郎を、笑いながら伝七はとめた。
「あわてる方じゃ滅多《めった》に退《ひ》けを取らねえ男が、こちらにもいるんだ。おいらア、あわて者にゃ慣《な》れてるから、ひとつ、今のつづきを聞かして貰おうじゃねえか」
「冗談じゃありやせんぜ」
と獅子っ鼻の竹が首を振った。
「親分。何も青山くんだりまで来て、あっしを引き合いに出さなくっても、ようござんしょう」
「ははは。人ア、引き合いに出されるうちが、花だと思いねえ。……ところで岩さん。筋アどういうんだ?」
岩吉は、ごくりと固唾《かたず》を呑んだ。
「実ア梅窓院通りの、伊吹屋の娘でござんす」
「じゃア大奥へ勤めている、お由利だな。いってえどこで殺されたんだ」
留五郎も思わずひとひざ乗り出した。
「ゆうべ、自分の家へ帰って来やしてね。大勢《おおぜい》で祝いの真似をして飲んだり食ったりして、寝間へ這入ったそうですが、今朝お袋が起こしに行くと、胸元を一突き、もう冷たくなってたという話なんで……」
「うーむ」
「当人は、星灯ろう見物の、お供で来たんだそうでしてね。二日だけ、宿退りを頂いたってわけだと聞きやした。何しろ帰ったその晩の出来事でげすから、両親を初め見世の者ア気が転倒《てんとう》してえたんでござんしょう。飛び込んでったあっしをつかまえて、まるっきりまとまりのつかねえことを申しやす――この界隈じゃア、小町娘と評判だったお由利さんのこと。一つ親分に、出向いてお貰い申そうと、横ッ飛びに帰ってめえりやした」
「そうか。よく聴き込んだ。将軍様は、ゆうべの中《うち》に御帰還《ごきかん》だが、それに関わりのあることだけに、今日明日の中に埒《らち》を開けなくちゃ、お奉行の遠山様のお顔に係わるというもんだ。直ぐに行こう」
立ち上がった留五郎は、黙々と聴いていた伝七を見た。
「黒門町。いま聞きなすった通りだ。迷惑だろうが、一緒に来ちゃ貰えめえか」
「うむ。お前さんさえよけれア、いかにもお供《とも》をしよう。仏様を抱えているお前だ。手伝いが出来りゃ、おいらも本望よ」
「有難てえ。長引いたら、今度ばかりゃ、ほうぼうから集まって来るに違えねえから、愚図愚図《ぐずぐず》しちゃいられねえ仕事、兄貴が来ておくんなさりゃ、千人力だ」
留五郎が急に勇み立って、伝七共々出て行こうとするのを、呼び止めたのは竹造だった。
「親分」
「何だ」
「あっしゃまだ、御殿《ごてん》女中の殺されたのア、見たことがねえんで。……きょうはひとつ、手柄を立てさしておくんなせえ」
「バカ野郎」
「おっと黒門町の。竹さんも連れて行こう。何か飛び廻ってもらうことが、あるに違えねえ」
「へッ、へッ。有難え。きっとあっしの鼻が、お役に立つことがありやすぜ」
獅子っ鼻の竹は、こう云ってからすそをくるりと捲《まく》った。
乳房の傷
「あ、北町の親分。御苦労様でございます。どうぞお入りなさって下さいまし」
手代の常吉が、真っ青な顔で揉手《もみて》をしながら迎えるのを、眉間に深いシワを刻《きざ》んだ留五郎はちょいとうなずいただけで、さっさと奥へ通った。
その後から、伝七、竹造、しんがりは顔の売れている岩吉が、小僧達に何か言葉をかけながら続いた。
見世は大戸《おおど》が下ろされて薄暗《うすぐら》く、通された離れの座敷には、お由利の床がまだそのままに、枕辺《まくらべ》に一本線香と、水が供えてあるばかり。いかにも血なまぐさ
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