と、なすったんですけど、お春お嬢さんは常どんと、一緒じゃいやだと仰しゃって、さっさと寝ておしまいになりました。それというのも……」
「それというのも?……」
「お春お嬢さんは、平太郎さんを想ってらっしゃるからでございます」
「平太郎といえば、死んだお由利さんと、祝言《しゅうげん》するはずだった男だが。……それじゃ男の方でも、お春を想っているのか」
「それは、わたくしには判りませんが、ゆうべのことを思いますと……」
「ゆうべのことというと……?」
「………」
「つまらねえ遠慮をしてると、常吉ばかりか、おめえのためにもならねえんだよ。はっきり云うがいい」
「は、はい。……実は、夜半過ぎまで、常どんは、わたしの所に居ましたが、これからお由利様の、お部屋の行灯《あんどん》の油を差しに行くんだと云って、離《はな》れへまいりましたんで……」
「うむ」
「それから先は、わたしは何んにも知りませんでしたが、今朝の騒ぎになってから、ゆうべは飛んでもないことをした、と云うんでございます」
「………」
「常どんが、離れへ行きますと、障子の中に、人の居る様子なので、びっくりして引き返してしまったと申します――こんなことなら、顔を見て置きゃアよかった。平太郎さんだと思ったばっかりに、着物の柄も判らないと、常どんは口惜しがって居りました」
「そうか。だが、そんならどうしてさっき、常吉はそれを云わなかったんだろうな。それだけでも、身の証《あか》しの助けになるというもんだが……」
「はい、それはこうでございます。わたしは、両親が貧乏ですので、このお見世へまいります時に、まとまったお金を借りて居ます。途中でしくじりがございますと、そのお金をお返しして、国へ帰らなければなりません。きっと常どんは、それを考えて、何もかも黙っていてくれたんだと思います」
「成程」
「それに常どんは、お由利様思いでございますから、お嬢様のお部屋に、男がいたなどとは、どうしてもいえなかったんではございますまいか」
 伝七が大きく頷《うなず》いた時だった。
「親分、連れて来やした」
 突然竹道の声が聞こえたとおもうと、右手を掴まれて、裏木戸から幽霊のように這入って来たのは、平太郎であった。

     散っていた花

「お、平太郎か。ここへ掛けねえ」
「………」
 おみねを立ち去らした跡を指さすと、平太郎は、阿波《あわ》人形の
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