「芋虫。――うん、こいつア恐れ入った」
 なるほど、お袋のいった通り、次の間《ま》の六畳の座敷に、二枚|折《おり》の枕屏風にかこまれて、薩摩焼《さつまやき》の置物をころがしたように、ずしりと体を横たえたのが、亀吉の謂《い》う「五色墨」なのであろう。昼間飲んだ酒に肥った己《おの》が身を持て余《あま》していると見えて、真岡《もうか》木綿《もめん》の浴衣《ゆかた》に、細帯をだらしなく締めたまま西瓜《すいか》をならべたような乳房もあらわに、ところ狭きまで長々と寝そべっている姿が、歌麿の目に映《えい》じた。
「お近さん」
「え。――」
 突然聞き馴《な》れない男の声で呼び起されたお近は、びくッ[#「びくッ」に傍点]として歌麿の顔を見つめた。
「よく内にいたの」
「お前さん、誰さ」
「ゆうべおめえに可愛がってもらった、あの亀吉の伯父だ」
「え、あの人の伯父さんだって」
「そうよ。そんなにびっくりするにゃ当らねえ。なぜおれの甥を可愛がってくれたと、物言いをつけに来た訳《わけ》でもなけりゃ、遊んだ銭を返してもらいに来た訳でもねえんだ。おまえに、ちっとばかり頼みがあって、わざわざ駐春亭《ちゅうしゅんてい
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