》の料理まで持って出かけて来たくれえだからの」
「おや、何んて酔狂《すいきょう》な人なんだろう。あたしのような者に、頼みがあるなんて。――」
 そういいながら、ようやく起き上ったお近はべたり[#「べたり」に傍点]ととんび脚《あし》に坐ると、穴のあくほど歌麿の顔を見守った。
「おかしいか」
「そうさ。あたしゃお前さんが思ってるほど、頼《たよ》りになる女じゃあないからねえ」
「うん、その頼りにならねえところを見込んで頼みに来たんだ。――それ、少ねえが、礼は先に出しとくぜ」
 親指の爪先《つまさき》から、弾《はじ》き落すようにして、きーんと畳の上へ投げ出した二|分金《ぶきん》が一枚、擦《す》れた縁《へり》の間へ、将棋《しょうぎ》の駒のように突立った。
「おや、それアお前さん、二分じゃないか」
 お近は手にしていた煙管《きせる》の雁首《がんくび》で、なま新らしい二分金を、手許《てもと》へ掻《か》きよせたが、多少気味の悪さを感じたのであろう。手には取らないでそのまま金と歌麿の顔とを、四分六分にじっと見つめた。
「どうだの。ひとつ、頼みを聞いちゃくれめえか」
「さアね。大籬《おおまがき》の太夫衆《
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