《せい》の高い歌麿と、小男の亀吉だった。亀吉は麻の葉の手拭で、頬冠《ほおかぶ》りをしていた。
「じゃア師匠《ししょう》、夢にもあっしの知合《しりあい》だなんてことは、いっちアいけやせんぜ。どこまでも笊屋《ざるや》の寅《とら》に聞いて来た、ということにしておくんなさらなきゃ。――」
「安心しねえ。お前のような弱虫の名前を出しちゃ、こっちの辱《はじ》ンならア」
「ちぇッ、面白くもねえ。もとはといやア、あっしが負けて来たばっかりに、師匠の出幕《でまく》になったんじゃござんせんか」
「いいから置いときねえ。敵《かたき》はとってやる」
「長屋は奥から三軒目ですぜ」
「合点《がってん》だ。名前はお近《ちか》。――」
「おっと師匠、莨入《たばこいれ》が落ちやす」
が、歌麿はもう二三歩、路地の溝板《どぶいた》を、力強く踏《ふ》んでいた。
亀吉が頬冠りの下から、闇を透《すか》して見ている中を、まっしぐらに奥へ消えて行って歌麿は、やがて、それとおぼしい長屋の前で足を停《と》めたが、間もなく内から雨戸をあけたのであろう。ほのかに差した明《あか》りの前に、仲蔵《まいづるや》に似た歌麿の顔が、写《うつ》し絵
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