まにして、何んということもなくうまくもない酒を、つい付合って重ねてしまったが、さて飲んだとなると、急に十年も年が若くなったものか、やたらに昔の口説《くぜつ》が恋しくてたまらなくなっていた。
そこへ――先客がひと通り立去った後へ、ひょっこり現れたのが亀吉だった。しかも亀吉から前夜|浅草《おくやま》で買った陰女《やまねこ》に、手もなく敗北したという話の末、その相手が、曾《かつ》て自分が十年ばかり前に描《か》いた「北国五色墨《ほっこくごしきずみ》」の女と、寸分の相違もないことまで聞かされては、歌麿は、若い者の意気地なさを託《かこ》つと共に、不思議に躍る己《おの》が胸に手をやらずにはいられなかった。
「亀さん」
しばし、じっと膝のあたりを見詰ていた歌麿は、突然目を上げると、引《ひ》ッ吊《つ》るように口をゆがませて、亀吉の顔を見つめた。
「へえ。――」
「お前さん今夜ひとつ、おいらを、その陰女《やまねこ》に会《あ》わせてくんねえな」
「何んですって、師匠」
亀吉は、この意外な言葉に、三角の眼を菱型《ひしがた》にみはった。
「そう驚くにゃ当るまい。おいらを、お前さんの買った陰女に会わせてくれ
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