者が罪に陥《おち》るようなことはありゃアしねえからのう」
口の先では強いことをいっているものの、町役人達も、さすがに肚《はら》の中の不安は隠せなかったのであろう。同心渡辺金兵衛の迎いが、一刻でも遅いようにと、ひそかに祈る心は誰しも同じことであった。
しかも五月の空は拭《ぬぐ》った如く藍色に晴れ、微風は子燕の羽をそよそよと撫《な》でていたが、歌麿の心は北国空のように、重く曇ったまま晴れなかった。
四
それは正に、夢想《むそう》もしない罪科であった。
両国広小路の地本問屋《じほんどんや》加賀屋吉右衛門から頼まれて大阪の絵師石田玉山が筆に成る(絵本太閤記)と同一趣向の絵を描いた、その図の二三が災《わざわい》して、吟味中《ぎんみちゅう》入牢《じゅろう》仰付《おおせつく》といい渡された時には歌麿は余りのことに、危《あやう》く白洲《しらす》へ卒倒《そっとう》しようとしたくらいだった。
死んだような気持で送った牢内の三日間は、娑婆《しゃば》の三年よりも永かった。――その三日の間に歌麿は、げっそり[#「げっそり」に傍点]頬のこけたのを覚えた。
「これからは怖《こわ》くて、
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