きなさるが、さっきもいった通り、女はちょうど師匠が前に描《か》きなすった、あの北国五色墨《ほっこくごしきずみ》ン中の、てっぽう[#「てっぽう」に傍点]そっくりの体なんで。……」
「結構じゃねえか。てっぽう[#「てっぽう」に傍点]なんてものは、こっちから探しに行ったって、そうざらにあるもんじゃねえ。憂曇華《うどんげ》の、めぐりあったが百年目、たとえ腰ッ骨が折れたからって、あとへ引くわけのもんじゃねえや。――この節の若え者は、なんて意気地がねえんだろうの」
 背の高い、従って少し猫背の、小肥《こぶと》りに肥った、そのくせどこか神経質らしい歌麿《うたまろ》は、黄八丈《きはちじょう》の袷《あわせ》の袖口を、この腕のところまで捲《まく》り上げると、五十を越した人とは思われない伝法《でんぽう》な調子で、縁先に腰を掛けている彫師の亀吉を憐れむように見守った。
 亀吉はまだ、三十には二つ三つ間《ま》があるのであろう。色若衆《いろわかしゅう》のような、どちらかといえば、職人向でない花車《きゃしゃ》な体を、きまり悪そうに縁先に小さくして、鷲《わし》づかみにした手拭で、やたらに顔の汗を擦《こす》っていた。

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