》の料理まで持って出かけて来たくれえだからの」
「おや、何んて酔狂《すいきょう》な人なんだろう。あたしのような者に、頼みがあるなんて。――」
そういいながら、ようやく起き上ったお近はべたり[#「べたり」に傍点]ととんび脚《あし》に坐ると、穴のあくほど歌麿の顔を見守った。
「おかしいか」
「そうさ。あたしゃお前さんが思ってるほど、頼《たよ》りになる女じゃあないからねえ」
「うん、その頼りにならねえところを見込んで頼みに来たんだ。――それ、少ねえが、礼は先に出しとくぜ」
親指の爪先《つまさき》から、弾《はじ》き落すようにして、きーんと畳の上へ投げ出した二|分金《ぶきん》が一枚、擦《す》れた縁《へり》の間へ、将棋《しょうぎ》の駒のように突立った。
「おや、それアお前さん、二分じゃないか」
お近は手にしていた煙管《きせる》の雁首《がんくび》で、なま新らしい二分金を、手許《てもと》へ掻《か》きよせたが、多少気味の悪さを感じたのであろう。手には取らないでそのまま金と歌麿の顔とを、四分六分にじっと見つめた。
「どうだの。ひとつ、頼みを聞いちゃくれめえか」
「さアね。大籬《おおまがき》の太夫衆《たゆうしゅう》がもらうような、こんな御祝儀を見せられちゃ、いやだともいえまいじゃないか。だがいったい、見ず知らずのお前さんの、頼みというのは何さ。あたしの体で間に合うことならいいが、観音様の坊さんを頼んで、鐘搗堂《かねつきどう》の鐘《かね》をおろして借りたいなんぞは、いくら御祝儀をもらっても、滅多《めった》に承知は出来ないからねえ」
「姐《ねえ》さん、おめえ、なかなか洒落者《しゃれもの》だの」
「おだてちゃいけないよ」
「おだてやしねえが、観音様の鐘は気に入った。だが、おいらの頼みはそんなんじゃねえ。観音様の鐘のように大きいおめえの体を、二時《ふたとき》ばかりままにさせてもらいてえのよ」
「あたしの体を。――」
「そうだ。噂《うわさ》に違《たが》わず素晴らしいその鉄砲乳が無性《むしょう》に気に入ったんだ。年寄だけが不足だろうが、さりとて何も、おめえを抱《だ》いて寝ようというわけじゃねえ。ただおめえが、おいらのいう通りにさえなってくれりゃ、それでいいんだ。――どうだの、お近さん。ひとつ、色よい返事をしちゃアくれめえか」
ぐっと一膝《ひとひざ》乗り出した歌麿の眼は、二十の男のような情熱に
前へ
次へ
全15ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング